見えない世界と親しむ

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スペイン・サンチャゴ巡礼(カミーノ)②

こんにちは。無理のないペースで、と思いつつも


気が付くと、前の投稿からだいぶ日にちが経っています(-_-;)


今日は前回書いたスペイン・サンチャゴ巡礼
(巡礼者はカミーノ・道という)


の続き2、の巡礼初日のことと、胸打った体験を書きたいと思います。




当時は日本語では何の資料も、サポート機関も存在しない段階でしたが、


本当に親切な方々のおかげで出発点に辿り着けました。


なのに心が、巡礼に立つのを何故かぐずっていました(笑)


その前に生まれて初めてフランスの聖地のルルドに寄ったのですが、


なんとそこで1週間も過ごしてしまいました。(ルルドのことは


また書きます)





やっと思い立って、宿を出、スペイン・サンジャン・ピエド・ポーに


辿り着きました。小さな宿、兼、巡礼事務所がありました。


そこで巡礼手帳を発行してもらい、宿で情報収集に廻りました。


が、いるのは皆西洋の方々。話されているのも様々なヨーロッパの言葉。


日本人は一人もいない。それでも一生懸命、右も左も分からないので、


皆さんの会話に入り込んだり、受付の人の言葉を理解したりして


初めて分かってきたことがありました。


なんと、どうやら初日が、一カ月以上にも渡る


この巡礼の中で、一番過酷な日らしいのです(笑)


巡礼初日に死んだ人も、年間数人はいると・・・。


そんなことって・・・・・ある???汗


急に焦った私は、どういうことなのか、更に食いついて情報収集しました。


スペイン・サンチャゴ巡礼は、過酷ながらも素晴らしい道らしく、


リピーター参加も少なくないようで、そういう方にも話を聴けました。


つまりこういうことらしいです。780キロの過酷な巡礼路は


「ピレネーよりはマシ」(「Better than Pyrenees」)と。


は?どういうこと?汗 焦りました。


(その後の巡礼中、何度この言葉を聞いたことか!!合言葉かいな(笑))


そう言えば、この巡礼までを完全サポートして下さった女性も、


ピレネーが大変だったと言っていたような・・←人の話はちゃんと聞け


そもそも自分の中では、巡礼では、


きっとピレネーの「裾野」を歩くこともある、くらいかな~?の認識で、


軽いトレッキングのイメージを勝手にしていました。


巡礼のための靴やリュックを揃えたお店のお兄さんが、ご親切にも休みの日に


低い山歩きを何度かご一緒して下さり、低山を歩いたことは


ありますが・・・。


自分の生命の危機が目前に迫っていたことを急速に悟った私は、


本気でドミトリーの同室の、優しそうなドイツの中年のご夫婦に頼んでいました。


明日、お二人の後ろを一緒に歩かせていただけないか?と。


(なるべく感じ良く、内心は必死で。)ご迷惑はお掛けしないので、と。


そのご夫婦はほんとに優しそうな方々で、笑顔で快くOKを出して下さいました。


心底ほっとしました。


すると、それを聞いていた若いオーストラリアの女性も、


不安を持っていたのか、おずおずと頼んでいました。


「皆で登った方が安心だよね」と、それもOKをもらっていました。





翌朝、早朝に巡礼出発の荷作りをしました。


私の荷物は5キロ以内ですが、若いオーストラリア女性の荷物は


20キロくらい??デカく、重そうでした。ドイツ人夫妻も荷物を減らす様


言ってあげていましたが、若い彼女は頑固に断っていました。


さて、それでも長い巡礼路のスタートの朝です。テンションは上がりました。


見ると、ドイツ人ご夫妻(カールとアン)の装備は完璧な登山のそれで


両手に杖まであり、一方私は・・・・・


登山靴とリュックは一応、専門店で揃えた良い物でしたが、


(お店のお兄さんには平地を歩くと言っていたアホ・・・)


雨具は・・・・100均のポンチョ!!!杖も無し!!!


内心焦りまくっていましたが、もう今更どうしようもありません・・・。


アメリカ人青年も合流し、皆笑顔で出発しました。


が、スタートしてしばらくすると、皆が無口になりました。


まだただの山道なのに、勾配がきつい・・・。なにこれ・・・。


直前まで福祉の現場で疲労蓄積してての


一週間ルルドでのらくらしていた身にはあり得ないきつさ。


既に帰ろうかとか引き返す勇気という言葉が何度も頭をよぎりました。


オーストラリア娘を振り返ると、彼女も同じ気持ちだったのか、


黙り込んで青くなって登っています。アメリカ青年も他巡礼者達も皆青ざめていました。


ぽつぽつと雨まで降ってきました・・・。


もうひたすら黙々と、カールとアン夫妻から「絶対にはぐれない様に」


ただそれだけを思って生存確保事態で、必死で歩き続けました。


正直怠け者の自分の人生に突然現れた、人生初の肉体的苦難に


心底ドン引きで、すっかりおののいて必死でした。


(ルルドであんなに出発をぐずっていたのは、もしかしたら


これを予感していたのかもと薄っすら思いました(笑))


カールは、素晴らしいリーダーシップを発揮してくれて、皆を気遣い


いつも励ましてくれていました。私は「止まったら死ぬ、止まったら死ぬ」と


心の中で繰り返し(笑)青くなりつつずっと黙々と歩いていました。





気付くと結構見晴らしのよい所に


自分がいるのに気付きました。遠くの山々の山脈が見えます。


身体の今の絶賛限界中!と比べて、なんちゅう爽やかな景色。


びっくりです。


しばらく皆見とれて、笑顔も出ましたが、また歩き続けました。





が、途中、物凄い横なぐりの雨風に襲われ、皆が歩けなくなりました。


皆大きな岩場の陰に隠れて時間を過ごし、必死で待ちましたが、雨よりも


意図せず来た休憩時間に、自分のこの足が再び歩き出せるのか不安になりました。





と、あのオーストラリア娘がなんと泣き始めました。


泣きじゃくりながら、「もう無理!!もう嫌!!!もう帰る!!!」


と言い出したのです。皆びっくりしました。


だから皆、あの20キロ越えの大きな荷物を減らせと言ったのに・・・。


自信満々で断ったのは彼女。でもいくら若くても、あれは無理でしょう。


でもこっから彼女一人で帰るのも、だいぶ危険な気もしました。


皆戸惑っていると、


カールとアンが突風の中、彼女の元へ移動し、話をしていました。


どうやらなだめて、落ち着かせている様です。優し過ぎる!!!


カールはドイツの男性にしては、割と小柄な方だと思いますが、





帰って来たカールを見ると、


なんと!!!彼の小さなリュックをお腹側に、


彼女の巨大な荷物を背中に背負っているではありませんか!!!!


オーストラリア娘を振り返ると、涙で腫れた顔がとてもバツが悪そうに、


でもほんとに限界そうな様子でした。彼女は手ぶらで、しばらく


皆と離れて登っていました。


カールとアン・・・彼らの行動には、ほんとにびっくりしました。





と、正直その辺からあまり記憶が飛んでて覚えていないのですが、


気付くと私たちは両手両足を使って、急勾配の山を


皆、四つん這いで山を登っていました。


文字通り四つん這いです。下手すると、急勾配から転げ落ちそうでした。


通りすがりの巡礼者が


「ここで年間、数人は転げ落ちて死んでるらしいよ!!」と


今誰でも予想がつく情報をくれました(笑)


頭の中に「日本のアホ女が軽装備でピレネーを登って遭難、国の恥」という


新聞記事が何度も思い浮かんでいました・・。


この焦りと、もはやただただ生存のため、必死で四つん這いで


登っていました。「止まったら死ぬ、止まったら死ぬ」


もう自分の身体の限界は既にとっくに越えてて


自分史上の未体験ゾーンに入っていました(笑)





と、カールに追いつきました。重い荷物を二つも抱え、


急勾配の岩場を四つん這いで登る、


正直、決して大きくはないカールの身体も、もうだいぶ青息吐息に感じました。


一瞬手伝おうかと言いかけましたが、いや、今の自分には1ミリも


そんな余力はない、逆にそんなことしたら間違いなく自分もすぐ落ちて死ぬか


もう一歩も歩けなくなる、それに話し掛けるエネルギーさえない、そう思いつつも


「だ、大丈夫?それ20キロ越えてない??


カール、大丈夫?」と絞り出すように話し掛けると、カールはハアハア言いながらも


荷物をポンポンっと叩くと、


「全然大丈夫だよ!!!


僕はただ、ここに”可愛いベイビー”を抱っこしてるだけ!!」


と言ってスカッと笑いました。


時が止まりました。





今ここで、こんな爽やかなものを目にするとは!!!!


夢にも思っていませんでした。


自分史上マックス身体辛い限界点で、そんな最高点な、人の言動を見るとは!!!!


人間って、凄い。


カールったら!!!!


かっこ良すぎるだろ!!!!!





状況と心の高揚が重なって、もはやカオスに混乱しつつ、


気付くと道は下り坂になっていました。天国とはこのこと!??


オ―ストラリア娘も、自分の荷物を担ぎました。


あとは、あまり覚えていませんが、豊かな森を越え、


泉もあり、皆笑顔も出て、ふもとのドミトリーに到着しました。


巡礼初日にして既に、皆と心の繋がりを感じました。





そして、巡礼後に知って心打たれたのですが、


カールはガンの手術を終え、この巡礼に臨んでいた、とのことでした。


そんなこと、巡礼中、一言も彼らは言わなかったです。


いつもただ、明るかった。皆に優しかった。



長くなりました。


読んで下さった方おられましたら、


ありがとうございました。


また書きますね。


とんびオレンジ