見えない世界と親しむ

色んな形で見えない世界と楽しむ

スペイン・サンチャゴ巡礼④ピレネー2時間で越える裸足のヨギ

こんにちは。サンチャゴ巡礼の続きを書きます。


サンチャゴ巡礼者は、皆リュックに、中心に赤いスペイン風の十字架を書いた


ほたて貝を付けています。


たしか聖ヤコブが何かの危機の時、ほたて貝に乗って現れ


皆を救ったから、だったっけ・・・汗。宿で売ってたりします。


私は釣り名人の父からもらった、ほたて貝を持って行きました。


出発直前に黒ペンしかなくて父に十字を黒で書いてもらい


巡礼行ってみたら異端者みたいでした(笑)(無宗教なのでそうとも言える)


(世界遺産の道なので、文化探究です、という人も結構多かった)


父親が書いてくれた十字なので守護になりそうだし


新しい貝を買う必要は感じませんでした。



3日目です。ズビリという街からパンプローナの宿(アルベルゲ)まで


また19キロも歩かねばなりません汗。


前の晩、ピレネー後から脚が痛いと同室の女性に言ったところ、


「脚・・・じゃあ、16番か19番(たしか)ね、ちょっと待ってて。」と言い、


リュックから手のひらサイズの小瓶を取り出し、キャップを開けると


初めて見た2ミリくらいの白い粒をもらいました。


食べてみると、ただの砂糖粒です。びっくりしてこれは何か聞くと、


「ホメオパシーよ。これが案外効くの。ここらじゃ


街の薬局どこでも売ってるよ。気に入ったら瓶で買ったらいいわ」


と、番号をメモしてくれました。


砂糖粒が???街の薬局でどこでも売ってる???スペインどういうこと??


(その時は半信半疑でしたが、後年アーユルヴェーダの勉強をする過程で


ホメオパシーを学ぶ大学はインドにもあるそうで、びっくりしました。)


朝、何故か脚が相当ましになっていたので、あの砂糖粒


大きな街があったら、薬局に買いに行こう~~と思いました。



天気は曇りでしたが、道は相変わらず緑に溢れた小道で、ほんとに好きでした。


農家の様な家々も石で、とても珍しかったです。


美しい小道がまた続きました。驚いたことに、馬が1頭、自由に歩いています。


野良?その馬に話し掛けている、中年の女性がいました。目が合い


しばらく一緒に歩きました。フランスから来たとのこと。


「ねえ、サーシャって知ってる?」


と聞かれました。いいえと言うと、「何人だか知らないけど、


皆の間で話題になってるのよ。彼はインドに長いこといてから、スペインに


来たんですって。何でもいつも裸足で、横笛だけもってあとは手ぶら、


お金もまったく持たず、


あのピレネーを、休憩せずにずっと走って


2時間くらいで越えたらしいのよ!!!」


え?


いや、ないない、


私は間違いなく倍以上はかかりましたが???


何なら死にかけましたが???


「いやあ、ちょっと信じられませんね。」


「私もそう。あり得ないでしょ!でも見た人が話してたの。


自分が出発した時には寝てたサーシャって人が、次の宿に着いたら


おかえり~~って迎えてくれた、って。何人かがピレネーを突風の様に走る彼を見たとも言ってた。


皆興奮してたわよ。」


そ、そんなことがあるのかな・・・汗。それはきっとワープでは・・・。


インドで修行してそういうパワーを身につけたのかな???


「その人はお金がないのに、どうやって巡礼が出来るんですか?


アルベルゲ(宿)だって、3ユーロはかかるし、食ベ物は??」


「なんでもその人、そもそもがあまり食べないらしいのよ。それに


本人がね、”必要なものは全てカミーノが与えてくれる、


カミーノは神聖な道だから。”って言ってたらしい。」


そんなことってある???


「きっと誰かの荷物を、ずっと代わりに運んであげたりして


一緒に食事したり仲良くなって宿代払ってもらったりしてるんじゃ


ないかな~、野宿は平気らしいよ。」とのこと。


カミーノって、ところどころ不思議なことがあるなぁ・・・と思いました。



少し道が広くなり、ピレネー越え後の宿で見掛けた顔たちが


大きな木の下に、15人くらいワイワイ休憩していました。


まるでピクニックでした。大声で呼ばれましたが、さっき休憩したばかり


だったので、笑って私は行くよとジェスチャーして通り過ぎました。


昼過ぎに、前を行くカールとアンに追いついたので、その


フランス人女性と4人で楽しくランチをしました。


巡礼路のレストランには、巡礼メニューを出してくれる所が時々あって、


前菜・サラダ・主菜・パン・スープ・デザート・飲み物のコースで


(所によってはデザートかワインで選ぶ)で


当時の日本円で700円か800円くらいの安さでした。驚きました。


街に通りかかった時に、薬局を探したいとフランス女性と別れました。


残念ながら見つけられなかったのですが、


石畳の街を歩いていると、またフランス女性に声を掛けられました。


「ちょっと、〇〇。さっき会ったの!!彼よ!!」


見ると、うれしそうな笑顔の彼女と仲良さそうに肩を組んでいる、


日に焼けた西洋人がいました。背が高く、チャーミングな笑顔。


って、


えっ、裸足!?そして横笛を持っている!?手ぶら!?


「彼がサーシャだったの!!さっき、仲良くなったのよ。


あれからずっと私のリュックを運んでくれた。」


彼は明るく笑顔で挨拶しました。なんというか、あまり見たことない


不思議な存在感でした。


「アルベルゲ(宿)まで運んでもらえる?」「もちろん」2人はうれしそうでした。


街中のアルベルゲに辿り着き、ドミトリーベッドではない二人部屋があると


言われ、迷わずフランス女性と一緒にそこを選びました。やった。


宿でしばらく3人でお喋りしました。


ほんとにあのピレネーを2時間で走って越えたのか?サーシャに尋ねると、


特に感慨もなく「そうだよ。もっと早くも着けたんだけど、


ピレネーのエネルギーを感じたかったんだ。」と彼は言いました。


驚いていると


「早く起きて出発するつもりだったんだけど、


起きたらもう11時で誰もいなかったんだ(笑)


アルベルゲを追い出されて、それからピレネーを走って登って降りて、


1時前には次のアルベルゲに着いてたかな。」絶句。


「信じられない・・・。2時間??そんなことってあるの??


どうやったらそんなことが可能なの???」と尋ねると、


「だって、君も感じたろ??ピレネーの山から信じられないくらいの


パワーが、ずっと下から身体に入って来てたじゃない?どんどん。


そのお陰で全然楽勝だったよ。自分の力じゃないんだもん。」


なんと。


「しかも裸足でしょ??裸足でピレネー走って越えたの?」


「インドでもずっと裸足だったから平気だよ。


でも僕に言わせると、カミーノは聖なる道だろ?


地球のレイラインの上じゃないか。そんな聖なる道で


どうして皆、靴をはいてるんだろう??


せっかくこんなに歩くのが気持ちいいのに。


裸足で歩いてこそ、道のエネルギーを感じられるのにね。」


大真面目な顔でした。



その後、皆で陽気な写真を撮ったあと、フランス女性がいくらかお金を


渡そうとしましたが、彼が断わったので押し問答になったけど


最後は感謝して神妙に受け取っていました。


最後の真面目な顔を見た時、ふと、


この人もしかしたら(求道の)ヨギなのかな??きっと


自然界や、大きな意味での神を丸ごと信じているのかな、


きっと彼なりの文脈でのこの巡礼なんだな、とどこかで感じました。


何故、横笛だけ持って歩いてるのかの謎は聞きそびれましたが、


今思うと、インドの神さまが横笛を持っているのが


関係したのかもしれませんね(笑)


不思議な彼が去った後、彼と意気投合してたフランス女性は


「どう思った?人の好意をあてにして歩く巡礼なんて、私は嫌だわ。


私はいつだって、自立していたいもの。それこそがフランス女性よ。」と


私に言いました。そうなんだ、自立(笑)


(彼があてにしてたのは、人って訳じゃなさそうだったけどな・・・)


翌朝、自立についての台詞を、そのままお返ししたいことが


あったのですが(笑)また書きますね。



以上、カミーノ3日目でした。


読んで下さった方おられたら、ありがとうございます。


とんびオレンジ

スペイン・サンチャゴ巡礼③ 不思議な声と、いただいた杖

こんにちは。久しぶりにカミーノの続きを書きます。


(当時の手帳が見当たらず、ずっと探していたのが出て来ました(笑))


過酷なピレネー越えを終え、皆とやっと宿にたどり着き、足を洗ったり


しつつとっても幸せでした。やり切った感がハンパなく、1日目なのに


もうこれで巡礼終了だよと言われても納得できそうな勢い(笑)


誰もが、スカッとした満面の笑顔でした。


最大限マックスに心は晴れていたのですが、曇り空のせいか


宿が薄暗くて陰気な感じでびっくりしました!!!大型施設だったような。


たぶん皆が人生で、さすがに今夜だけは、


パアアっと明るくてゴージャスで快適なとこに


泊まりたい気分だったのでは!?と思うのですが、それと真逆な


薄暗くてそっけなく、ベッドに湿気もあるような?ドミトリーでした(笑)


でも共にピレネー越えをした面々とも離れたくなく、


巡礼についてあまりに何も知らなすぎ、当時は


こういうものかと皆思ってた感じでした。そこで出会った人たちも


「こんな過酷な日の最後がこんな感じなんて・・・これが巡礼ってもの?」


と違う衝撃を受けていました。(笑)


併設のレストランで夕食を取って、カール達とお互いまだ


生きていることを喜び(私だけか)


(いや、あちこちのテーブルで祝杯が上がってた(笑))


誰もがぶっ倒れて大人しく寝たと思います。


皆さんたぶん爆睡だったはず。


そして翌日、起きてみるとなんと!!


ほとんどのベッドが空ですよ!!!(笑)


なんと皆さんが夜明け前には出発してるもよう・・・マジか・・・


残っていたのは、もう何回も巡礼した、余裕の方たちばかりのようでした。


自分が目覚ましを掛けてなかったくせに


どうして誰も起こしてくれなかったんだろう?と言うと


「気持ち良さそうに寝ているのを、起こす奴なんか誰もいないよ。


それに巡礼は皆、自分のペースで歩くもんだ。」とのこと。


(近年歩いた人に、今では巡礼路でも、皆スマホを使ったり


クレジットカード払いがなされていると言われ、衝撃を受けた私。)



それにしても昨日の今日で、日の出前に起きるって、


皆よくそんなことが出来るなとは思いましたが、


昨日の困難の衝撃が大きかったので、


2日目の困難に身構えるよな、気を張った気持ちもよく分かりました。


自分も出発しました。




巡礼路は、ところどころ曲がり角などで、石や建物や道上にペイントされた、


黄色い矢印マーク(→)に従って歩いて行けばよいシステムです。


歩き始めたら、道にはほとんどもう巡礼者は誰もいません。焦りました。


しかも起きてみたら膝がガクガクしており、左脚が上がらない!!


こんな状態で次の宿は一か所しかなく、おとつい受付でもらった


宿の紙では、なんと22キロ先!!そこのみ!!


今日の運命はこの脚でリュックを背負って22キロ歩くってこと。


へなちょこの自分にとって、巡礼ってなんて過酷なんだと、結構青くなっていました。(笑)



しかし、今振り返って思うのですが、私にとっては、


全カミーノの行程で、この日の道が一番好きでした。


何と言うかただただ美しい小道が続くのですが、


その自然が繊細で、心に沁みる感じ。(同じ繊細と言っても


日本のしっとりした自然とはまたどこかが違ってて)


雨だったし、しっとりはしつつも


何だか不思議な軽やかさと明るさがある道。その感じが大好きでした。


カミーノのことを思い出す度に、


あそこの行程を、もう一度じっくりゆっくり


もっと味わって歩きたい・・といつも思います。


あと、初めてのことで、そもそも外国での巡礼のイメージが


まったく付かない・分からない・頭が白紙というか、


ピレネーは終わっているのに、どこかでぼんやりと


また予期しない困難が何かあるのではないか?という


どこかに身構える感じもありました。ずっと平地なのが不思議で、今に


登りの過酷な道が現れるのではないかと思っていました。




と、ここで不思議なことがありました。


焦って必死で歩いていたのですが、私の耳元に、突然


『ボンジュー』


という男性の声が聞こえたのです。凄く近い。


びっくりして、


勢いよく振り返りましたが、誰もいません・・・


前を見ても後ろを見ても横を見ても、誰もいません・・・


???


でも、はっきり聞こえた。かなり耳元で。


訳が分からないので、一旦止まり、何!? 誰!?と


言ってみましたが、


道がしーんとしてるだけで何の返事もありません。


何と言うか、まろやかな男性の声でした。どこか嬉しそうな陽気さがあった。


しばらくそこで休憩して水を飲んだりしつつ、誰かがやって来るのを待ちました。


だいぶ待って、やっと巡礼の人が通りがかったので、(女性だよ)


「すみません、さっき私にボンジュー(ル)と呼ばれました?」と


アホなことを聞いてしまいましたが、不思議そうにいいえ?と


言われてしまいました(笑)そりゃそうか。


解決しないまま、また歩き出しました。


よく考えたら、ここはスペインなのに


ボンジューって、どういうこと???謎過ぎました。


(後年、ヒプノで自分がカミーノに関わっていた2つの人生を見ました。


そんなこんなもあって、もしかしたら


当時の馴染みの人??が、巡礼開始スタートの私に


明るく「よく戻って来たね」という歓迎の意味で


挨拶したのかなぁ???などと今では思います。焦りまくって


必死に歩いていた自分と、あのまろやかな、のんびりした声は


まったく対照的でしたが・・・)




それにしても、美しいから良かったものの、歩いても歩いてもその道は


終わらず、ずっと小道が続きました。ほとんど誰もいません。


永遠にここを歩くのかと思いました(笑)


思い出してみると、なんと言うか、歩きながら


この先の巡礼の未知さへの焦りや不安、自分の今の身体の状況、


昨日のピレネー越えの危機感や抑えていた恐れや感情、


昨日をやり遂げた爽快感や達成感や自信など、


色んな感情がばああああっと溢れつつの、美しい自然の中を


足を引きずって延々歩く感じでした。



やっとちょっと開けた所に来たところで、ベンチがあったので


脚も痛いし、膝もガクガクしてるしで腰を掛け、休憩しました。



水を飲んでいると、地元の方でしょうか、しっかりした体格の、


落ち着いた感じの初老の男性が


スペイン語??で話し掛けて来られました。英語は分からない様子でした。


でも何か私に尋ねておられます。


???


すると、ジェスチャーで、杖をつく様子をされます。


???首をかしげていると、待って、というジェスチャーをされました。


気が付くと、もう木の枝をもっておられます。


どこからか、ナタを取り出されると、勢いよくそれで木の枝を


削り始めました。


びっくりして見ていると、それは杖の形になりました。


私に!?


ついてみろとジェスチャーされたので、ついてみたら


高さも強さも丁度良い感じでした。その方は私の様子を見ていると


もう一度、持ち手の所を細く削り、もっと持ちやすくされました。


心底感激して、「ありがとうございます~~~~!!!グラシアス」と大喜びしたら、


静かに満足そうに笑われました。


お願いして、その方と杖を写真に収めました。


(この杖は、巡礼コンプリートするまで、ずっと私のお供でした!!!)


その後、その杖のお陰で、歩くのがだいぶラクになり、


何より地元の方の思わぬご親切に、ほんとに心が温かくなりました。


あの方のお陰で、脚の痛さも膝の不具合も、


もう気にならない感じでした。



やっと宿に到着し、馴染みの顔ぶれに歓迎され、ほっとしました。


公衆電話から、日本で巡礼の手ほどきをして下さった女性に


国際電話を掛け、無事を伝えました。




ああ~、なんであんなに焦ってたんだろう・・・。


美しい道を堪能して、もっとゆっくり歩けばよかったな・・・。



以上、カミーノ2日目でした。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

雑記(ヘミシンク)

こんにちは。


改めて、ロバート・モンローさんがこの救出活動コース(ライフライン・プログラム)を


1991年に、スタッフと共に作った頃の記述を読んでみました。



『究極の旅』のP274より引用


【しかし多くの参加者が驚くのは、他人の救出に携わりながら、実は失われていた


自分自身の一部も同時に救出していたのだと気づくときだ。


フォーカス23にとどまっていた前世の自分があらわれることもある。


またフォーカス24から26にある信念体系領域に浸っていた自分が


次第に疑いを覚えるようになり、いわば「割れ目から滑り落ちる」ようにして


その信念体系から分離した(分離させられた)側面があらわれることもある。】



モンロー研究所の日本支部とも言える(正式なトレーナーさん達がおられる)


「アクアビジョンアカデミー」(参加したことあり)


というところがあります。トレーナーの方々の出版されている御本を読んだり、


色々な方々の体験シェアを読んだりするのですが、(凄い参考になる)


レトされてる方々は、もちろん自分に関係する「以外」の方々のレトリーバルもありますが、


つまり自己統合の過程としての、上記の様な「自分救出」も結構多いです。




何かで頑固にスタックしている過去世の自分、だけでなく


体験シェアルームでは、たとえばドロドロの黒いタールに覆われた人物を救出してきて


光の中でみたら、それは今世の児童期の自分だった、という体験を書かれていた方など、


今回の自分の側面を、今の自分が救出に行っていたというケース、


モンローさんの本にも既に出ていました。



個人的には転生の感覚は、私にとってはどうもやはりパラレルというか、今、


すべての人生が同時進行中で、


その中にはやはり自分の頑固な信念体系とかに囚われ、


何十年も同じ所にスタックしている人格もいる。


彼らを救出することは、つまり自己が不自由になっている元の独特の固有の「信念体系」に


初めて疑問を抱き、そこから外側からの違うエネルギーの助けを得て抜け出る過程、とも言える感じです。


(じゃあ自分って何?という自己の構造の壮大な全体俯瞰した景色については、


詳しくはモンローさんの凄い著書やプロの方々のご本、ご説明にお任せします)


もちろんそれだけではなく、シンプルに通りすがりの方々を助けているケースもありますが、


上級から初心者の方々の色々な体験談を読んでみると、


レトで救出した人物は、どこかでその方ご本人に繋がっている気がします。


個人的には、自分のレト記録を読み返すと、


彼らのどんな信念体系が彼らをそこに長く留めていたのか?という推測をして、


今の自分にも、そのこだわりの信念体系があるか?あったか?を問い直しています。



また、彼らが無事還って来たことによって、彼らが本来持つ豊かさも還って来た、あらたにその良さが加わった



とも言え、自分のそのエネルギーの変化を意識してみたりしています。




あとは正直毎回


自分のレトのやり方のヘッポコさに毎回呆れています。つまりはまだ肉体を持っている


人間としてだけ、(つまり彼らの気を引けるという場面だけ)機能してて、あとは


彼ら自身のスタッフが有能すぎて機転が効いてて、結局ほとんどそれで何とか


やれてた感じ・・・しょぼん。


あと、


色んな方々のレト体験シェアを読むと、やはりC1へ帰って来てからのグランディング(地に足を着ける)


スキルがもっと必要だな~と感じました。


以上、雑談でした。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

今日のヘミ・レトリーバル(救出活動)

こんにちは。今日は休みで朝から


体外離脱の実践研究者『ロバート・モンロー伝』ロナルド・ラッセル(著)


杉本広道(訳)中央アート出版社


(表紙のモンローの顔写真がいい)の本をぱっと開いたとこを読んでいました。


(ヘミは宗教は関係ありません)


モンローさんの心意気に、たとえ微量でもいいからヘタレな自分も


貢献したい、という願いを思い出し、←忘れてたんかい


久しぶりにレトリーバル(救出活動)ボランティアすることにしました。


※ レトリーバルは、死後自分のこだわり想念世界に囚われて


フォーカス27での人生反省会に、F22~26にまだいて行けてない人を色々やって


連れて還る、ヘミラー達の自主ボランティア活動です。


(まだ肉体がある人間は、周波数が重く、彼らに認識され易いため。)


ヘミシンクカテゴリーに、別投稿のレト簡単説明もあります。


(レトリーバルには実はもっと深い構造・意味・機能もあるのですが、


それはヘミ関連書で色んな人が書かれています汗。)


※ 私はただのイチ・ユーザーですので、


  誰でも練習次第でできるヘミシンクの具体的な詳細につきましては、

  
  世界各地・日本にもおられる、米国「モンロー研究所」のトレーナーさん方


  などプロにお尋ね下さい。約600回の体外離脱体験を持つ


  故人・ロバート・モンローさんの著書の代表作は


  『魂の体外旅行』『究極の旅』(日本教文社)


※ そんなこと全く信じられないという方は、ただのこいつのファンタジーとして


  お読みいただくか、すっ飛ばして下さいね。



以下、記録から。



CD&ノンヘミで行う。


フォーカス21(日本では三途の川あるとこ)へ。


野原ぽいとこで自分のメインガイドのステファーノと共に


今日のレト対象者の所へすぐ行ける設定のドアを開ける。


目を凝らすと、古い時代の風景が見えて来た。F24?


あれ?この独特の風景・雰囲気知ってるぞ?夢で何度か見たことある・・・。


中国のすごく田舎で、時代は不明、今世紀範囲?


農民ぽい痩せた女の人が、肩に青菜と果物の天秤かごをかついで、驚いてこっちを見てる。


自分は旅人の恰好。気さくに声を掛けると、


「今まで長いこと誰もいなかったのに、あんた急に出て来て驚いたよ!」と言われる。


「来る途中、市場がありましたけど、


あそこだったら、すぐ売れるんじゃないかなぁ」と言ってみる。


「ここらに市場なんてないよ?」と少し怪訝に言われる。


汗、いやありましたよ、一緒に行ってみましょ、と旅人ぽく言ってみる。


人恋しいのか、女の人はついてくる。フォーカス24~27と内心カウントしつつ共に歩く。


F27で、にぎやかな市場に到着。


お客さんを装った彼女のスタッフらが、わいわい出て来て野菜を買う。


(数人に感謝一杯で、肩を叩いて頷かれる。)レト1件終了!!




いつも通り光のシャワーを浴び、今のレトのエネルギーを流す。リセット。




ステファーノと2人でパラシュート形式で一気にフォーカス21へ降りる。


浮遊感とスピードが面白いが、あまりF26~22世界を見ない様にする。


(無限に色んな想念世界あり。)


F21到着後、メインガイドのステファーノに


「一人でも上手く出来たね」と言われる。




2件目、一緒にドアを開ける。F23辺り?


目を凝らすと、お城?フランス?ちょ、こりゃだいぶ古い時代だぞ~~汗


何世紀も、ここに居ちゃった人なのか・・・こりゃあスタッフも気を揉んでるだろな


救出、上手く行きます様に…


鎖かたびらと言うのか、頭まで全身が細かい鎖の鎧の男性が石の通路に寄っかかって


寝そべっている。右腹を押さえている。戦での出血あり?(もう死後だが・・(笑))


ちょっと線が細そうな人。


とりあえず男で同じ服装?で声を掛けると、ぎょっとする。


「どこから来たんだ?今までずっと誰もいなかったのに!」と怯えて言われる。


「呼びに来たんだ、皆、次の戦いのためにもう移動してるぞ?」


と話すと、「そうなのか」と言いつつ目を伏せる。行きたくないという


本音が伝わって来、おっとアプローチ間違えたか?とちょっと焦る。


(ステファーノが情報を投げてくれてたようだが、


キャッチし損ねていた模様)


と、後ろから同じ格好をした彼のスタッフが即座に顔を出し


「次の戦い、知ってるだろ?〇〇の奴らだ。


数は俺たちの半分、消化戦だし志気は落ちてるだろう。上官がもう負傷者は


ゆっくり休んでていいと言ってたよ。とりあえず行って傷の手当して


あそこで休めばいいぞ。」と言うと、素早く彼に肩を貸す。


さすが本人のスタッフは機転が効きすぎといつもながら思いつつ、


自分も肩を貸し、歩いてフォーカス27まで内心カウントしながら移動。


フォーカス27の野営地の様なにぎやかな場所から、男たちがにこやかに出迎え、


奥(反省会)へ連れて行く。(何百年ぶりに彼が戻り、スタッフ達に盛大に感謝された。)




シャワーでなく、モンローさんの書いていたフォーカス27の美しい公園に


行きたいとステファーノに言うと、体がもう泉に浸かっていた(笑)


素晴らしい光景。小鳥たちは美しく歌い、緑はしたたる様に豊かで


繊細で色彩多く、何より光景のエネルギー全体が超微細で全身に沁み渡る。


あっという間に浄化される。



せっかくなので、ステファーノに感謝のハグする。


「いつも守護ありがとう!」と素直に言うと、うれしそう。


ブログのことも聞いてみる。


書き始めてから、よりエネルギーが循環していて良い。


自分の本来の方向へ向かう流れの一つ、と言われる。




2人で今度は滑り台方式でフォーカス27→21へ降りる。


(パラシュートより余計な周りが見えなくていいな~。)



さ~、3件目だ!!


フォーカス21からステファーノと一緒にドアを開ける。F24?


暗いバー。ヨーロッパ?目を凝らすと、昔の背広姿?の男が一人飲んでいる。


100年位前?つまらなそうな様子。「保険屋」等の情報が入ってくる。


とりあえず同じ男の格好をして、バーに座ってみる。男はぎょっとする。


「どこから入って来たんだ??」と聞かれる。今までずっと誰もいなかったと


少し警戒されている。「そりゃドアからだよ!」など笑って


しばらく隣席の、古い時代の背広姿の彼のスタッフと2人で陽気に飲んでみる。


彼は怪訝な顔ながらも、久しぶりに他人を見、気になる様子。


すると店主らしき男(彼のスタッフ)がだるそうに、「閉店だ」と告げる。


男にぎょっとして「誰だ?今までどこにいた??」と言われ


「ずっとここだぜ。俺の店だ。」と怒ったフリをしている(笑)


次行こう!!と我々は言い、男に「あんたも来るかい?」と


声を掛けてみる。が、迷っている様子。


(彼のスタッフが)「それとも真っすぐ女房のとこへ帰るか?ワハハ」と


言うと、男が身震いし「俺も行く」と言う。


(大きな豚の絵、男が子どもと一緒に女房に尻を叩かれている絵が


浮かび、これって情報?)(なんぼ昔とは言え、女性のそんなイメージってないだろうに・・・と


げんなり・・・)


路地に出る。距離を保ちついて来る男に


彼のスタッフが「俺の女房。昔はあんなに可愛かったのに、一体なんで


いつからあんな風になっちまったんだろうなあ~~~わはは」とわざと


私に絡む。(大昔の人の感覚って、自分にはだいぶうっとおしいわ~~)


と、男が少し好奇心か、辺りをキョロキョロし始めた。まずい!!


(F22~26では、興味を引かれた誰かの世界に秒で消えてしまう汗。)


と、目の前に突然馬車が!?ナイス機転!!


「乗れよ!」と、中からにこやかに、さっきのスタッフ。男は乗った。


ほっとする。フォーカス27到着!!


ガヤガヤしたバーの入り口が見える。


顔見知りの男達が出て来て、彼を中(って反省会)に誘う。男うれしそうに入って行く。




3件レトが終わり、任務完了!!


再度フォーカス27の公園の泉に浸る。浄化。ほんとに気持ち良いが、


C1(物質世界)に還らないといけない。



と、自分のスタッフ達が数人出てくる。なんかとても懐かしい。


気付くと自分好みの木製の台、光溢れる部屋で彼らにヒーリングを受けている。


特に後頭部を優しく包み込まれ、良質な美味しいエネルギーが頭を行き来するのを感じる。


静かで神妙な空気。


終わった後、別れを告げ、滑り台方式に乗って一気にF27からC1(物質界)へ戻る。


記録、以上。



さすがに立ち上がるとフラフラしました。沢山水を飲む。


地に足を着けるためにも、胃に朝食。


残滓エネルギーを浄化し、今の体験を自分に統合するために、瞑想。



ヘミ体験時、最近ヘミラー?さんは、はっきりと


「C1(物質界)に戻った時に、今の体験が本物であるという、


私に分かる印を下さい」等も言うようですが、


私は普段、特には言っていません。


けれど、書こうとPCの立ち上げ画面、Windowsがなんと!!!


ヨーロッパの「古城」の写真になっていました。


こんなことって、ある? ステファーノ、いいのに・・・と言いつつも


やっぱり印はうれしかったです。(古城の男が一番デカい成果だったのかも・・・)



以上、今日のレト記録でした。




読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

自分の、不可解な涙の理由 ③

こんにちは。Mさんとの不思議エピソードは沢山あったので


もう少し昨日の続きを書きますね。



ある日、私は色鮮やかな夢を見ました。


たぶんアメリカ南部の大きな館の緑溢れる庭で、スマートな若い青年と


彼よりもっと若い、無邪気な可愛らしい女性(少し知的な障がいがある?)が


婚約者同士で、ただ幸せそうに抱き合っている、フルカラーな夢でした。


目が覚めた時、はっきりと腕の感触までも思い出せました。


これはMさんと自分だ、と直感で思いました。


が、数日後、今度は古いアメリカの、土ぼこりが舞う街の、


そっけない部屋の片隅に、


疲れ果てたその青年が、机でがっくりと肩を落として手紙を読み、


顔を覆っている夢を見ました。彼は泣いていました。


そして現代のこの自分が、その青年の肩にそっと手を置いて


そばに立っている夢でした。


(青年は気付いていませんでした。)


彼は何故泣いていたのか?


目が覚めた時、分からなくて、それがとても気になりました。


はい、そうです、


もうここまで来たら、すぐにプロのヒプノセラピストに連絡しました(笑)



プロとのセッションを受け、意識に深く降りて行って見えた場面は、


彼らは若く幸せな婚約者同士だった、


Mさんである青年は、自分の理想から信念を持って南北戦争に出て行った、


そして遠征先で、自分の無邪気な婚約者が避難先で流れ玉に遭って


亡くなった、という知らせを読んだ、


というものでした。



私はそれまで、自分のヒプノ話を全くMさんにしませんでしたが、


予約の電話をした時にそのまま雑談になり、何故か今回は


Mさんに


「私、先日ヒプノセラピーを受けて来ました〜」と言っていました。


電話だったから言い易かったのもあるかもしれません。


「そうなんだ!!何か見た?」Mさんの声は驚きませんでした。


「アメリカで、Mさんと一緒の時代にいたようです。」


言ってみました。


「南北戦争でしょ。」


Mさんの声がしました。


えっ!?


「ちょ、なんで判るんですか!?そうなんです!!」


「○○(部族)のおじいに言われたことがあるよ。


『お前はこのアメリカで、南北戦争で黒人のために闘ったな。』って。」


まただ・・・あ然としました。


Mさんが13歳以前の昔に、現実にインディアンの方から言われていたとは。


ヒプノで見る世界は、本当に本当に、


自分の心の中のことだけではないんだ・・そう思いました。



ある時私は、フラのT先生の素晴らしいダンスを、


どうしてもMさんにも見てもらいたくなり


特別にお願いして、閉店後、Mさんの目の前で踊っていただきました。


T先生は一目でMさんと何かが通じ合ったご様子(笑)


予想通り、二人は初対面なのに、まるで幼馴染同士のように笑っておられました。


T先生は一曲だけいつも通り美しく踊って下さいました。


見終わったMさんは興奮の様子で大拍手し、


「いやあ、凄かった!!鳥肌立ってるよ‼️

なんなんですか、これ。凄く美しかった。

感動した!!


始めから、もうTさんの全部のチャクラから


大量の光が、ばあああああっって出て炸裂してさ、


眩し過ぎて俺、一瞬全然何も見えなかったもん。


いやあ、良いもの見させていただいた、ありがとうございます!!」と言っていました。


誇らしい気持ちと、


「やっぱり!この二人は通じあったし、同じ言葉を使う」とも思いました(笑)



ある日、私が自慢の切り絵コレクションをMさんに見せたら、「俺にもできそう」と


言い、彼も作るようになりました。


Mさんの切り絵は、白い紙が自然とか妖精、天使などのモチーフや


光景になっているものが多く、


いつも青い模造紙をバックに、鮮やかなコントラストで使われていました。


どれもシンプルで美しいものでした。曲線は大胆に力強く美しく、感心しました。


その後、ハワイの、プロのハワイアンキルターの工房所属の縫子さんが、


日本で整体に来て、階段の壁のMさんの作品に感動され、その方の上司の


有名なハワイアンキルターさんから、正式にコンペティション作品の


型紙制作を依頼された、と聞きました。


中央に森のデーバ?森の王?が周りの自然と一体になっている様な


力強くもシンプルな作品でした。天上界のような、地上の楽園のような作品。


Mさんの実際の自然界への深い理解が、直接表れている気がしました。


でもMさんは、そのプロのキルターの申し出を断ったとのこと。


「自分の切り絵は、お金にするつもりはないんだ。」


Mさんは言いました。



Mさんは毎月、私の参加していた地下画廊の集まりに切り絵作品を


提供してくれるようになり、気付くと必ず私も一緒に、


閉店後の制作を見守る流れになりました。作った作品は全てくれるとのこと。


その魔法の世界の様な制作の時間は、毎月私にとって、いつも不思議で、


会話も、とても楽しい時間と空間でした。


お返しに、


私は神在月の出雲大社近くの浜で沢山の桜貝を拾うと、


それを桐の木箱に綿を敷き詰めてMさんにあげました。


「こういうのが、一番うれしい」


Mさんはとても喜んで言いました。




Mさんと一緒に働かれている女性整体師さんが、


「〇〇さんと話してる時、M先生、ほんとによく笑って


沢山喋りますよね。いつもは静かなのに。」


と言われました。全然知りませんでした。



その頃には、自分はMさんのことが好きかもしれない・・・


と思い始めていました。


が、きっと彼女がいるよ、自分はただのお客さんだろうな・・・


と思い、諦めていました。



ある時、整体後にMさんがポケットから何か取り出すと、


「あげるよ、お守り。」と言いました。


見ると、表面に天使のある、銀のコイン状の物でした。


好みで喜んでいると、「よかった。デザイン描いて、


知り合いの工房で作ってもらったんだよ。」とのこと。


うれしかったので、お誕生日だと聞いていた日の夕方


仕事帰りにちょっとした物を買って、お家のドアに掛けておこうと


寄ってみました。


が、窓から、可愛い女性がソファーに座っているのが目に入りました!!!


ドキドキして、慌てて走って帰りました!!


あっと言う間にまた失恋です(笑)しばらく落ち込みました。


友だちに、「それが彼女だとは限らないじゃないの!!


ただの誕生会の仲間とか、友だちかもしれないよ!


聞いてみたら?」


とも、言われましたが、「誕生日に部屋にいるのは彼女でしょ!!


もういいの!!」と答えていました。



その後、当時もう燃え尽き症候群になっていた仕事も、


コケてばかりの恋愛も、全部仕切り直そう!!と、思い切って


退職とスペイン・サンチャゴ巡礼を決めました。



Mさんには日本から巡礼に旅立つ当日に、リュック姿で報告しました。


Mさんはかなり驚き、戸惑った様子でした。そして、


「その巡礼のガイドブックを見せて。早く。」と言いました。


スペイン語のしかなかったのですが渡すと、


Mさんは急いでそれを見、


「酷いな。こんなデタラメな本、持って行かないで!!


地図が全然違う!これ捨てて!!」と言いました。


プロレスの世界巡業時、スペインは結構滞在したとのこと。


「巡礼中に、時々は俺にも電話下さい」とMさんは言いました。


(一回だけ、電話しました。)



その後、無事に徒歩780キロの巡礼を終え、お店にお土産を持って行くと、


Mさんは「無事で本当によかった!心配で、ずっと祈ってたよ!!」と


ハグすると、私を見て目を見開き、


「前と全然オーラが違う!凄くイキイキして、


なんだか人間がでっかくなって帰ってきた!!」と、


再会をとても喜んでくれました。


うれしかったですが、私はすぐに完全に遠い地元に帰りました。



カトリックの修道士さん達が作ったという地元の障害者施設に


再就職した私は、クリスマス会の飾りつけ係になりました。


これは絶対に天使とか聖母マリア様だ!と妙なイキリ方をした私は


思わずMさんに連絡していました。


Mさんはわかった、クリスマスまでに3つの切り絵を制作する!!と


言ってくれました。


が、その後、Mさんのお父様が亡くなったと連絡が!!


衝撃で、お悔やみと同時に当然飾りのことは断わりましたが、


3つの作品がクリスマス前に届き、本当に驚きました。


戸惑って御礼の電話をすると、


お父様が亡くなったことが、信じられない当日夜も、


作品を制作し続け、周りから止められた、


けれども、夜通し手を動かし続け、没頭し続けたんだ、とのこと。


涙が出ました。


丁寧に3つの作品を額縁に入れ、眺めました。


一つは聖母マリア様、一つは天使たち、そして


一つはギリシアの女神の切り絵。どれもとてもとても美しかったです。


心に沁み渡る清らかさに、時を忘れていつまでも見入っていました。




Mさんのことを忘れて数年後、


地元で訪問介護している時に地震に遭いました。


無事に落ち着いてから光るスマホを見ると、メールが一通届いていました。


なんと懐かしいMさんからのものでした。驚きました。そこには、


「大丈夫?怪我はしていない?何でもするから言って。」


そう書いてありました。感動しました。


ただ、時刻が、地震発生時刻とほぼ同時でした。


こんなことって、ある!?


昔と同じ自分の台詞に、ただただずっと微笑していました。



以上、長くなりました。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

自分の、不可解な涙の理由 ②

こんにちは。昨日の話の続きを書きます。



Mさんは言いました。


「コロッセオの夢ってね、


いつも同じで、俺が何かと死ぬ気で闘っているんだ。


そのたんびに俺は、相手は一体誰なのか、はっきり見ようとするんだけど、


いつも何も見えない。ただただひたすら怖いだけなんだ。


びっしょり汗をかいて、飛び起きるだけ。」


『あなたのその相手はライオンです』という言葉は


永遠に言えません。が、


こんなことって・・・ある???とテーブルの下で足は震えていました。


ヒプノという最近の私の「見えない世界」と、


何十年も前からの、彼の現実が、リンクしていた??汗。



「だからさ、やっと大人になった時、夢の意味を知りたくて、


ローマまで行ったよ。コロッセオに行ったんだ、もちろん。だけど


俺、コロッセオに到着した途端にどんどん気分が悪くなってさ、


なんかただただ寒気がして、走って逃げたい、怖いだけなんだ。


やっと写真を撮ったけど、とてもここに長くは居られない、って思って


すぐそこを出て、宿に帰っただけ。もう二度と行きたくなかった。」


Mさんは続けました。


「子供の頃、その怖い夢を見て起きるたび、俺は


”大きくなったら、俺は、誰よりも強い男になるんだ‼️”って


何度も自分に誓ってたな~。」と。


胸が詰まりました。




「もう一つの古代ギリシアの夢はね、コロッセオよりずっと良くてさ、


それも子ども時代から繰り返し見てた。自分は夢でも子どもでさ、


高い丘の上に駆け上がって、自分の住む街を見下ろしてるんだな~~。


何か神殿があって、とても美しい故郷で大好きだった。


ただそれだけなんだけどね。


自分はあの街で育ったんだって気がしてたよ。」


ああ、Mさんが見てたのが幸せな子どもの頃の夢で、よかった。


ほっとして、心底そう思いました。




と、どこかから、Mさんは、違う写真を持って来ました。


「これはね、泊まったギリシアの宿の人が教えてくれたんだけど、


明日の朝、何時何分にここの窓に立ったら、


朝の光で数分間だけ海底の古代遺跡が見えるよ


一日のうちに短いその時間帯にしか見えないんだよ、って。


見て感激したよ〜〜、早く起きて撮ったよ~~。これ。」


そんなことって、ある⁇ 汗。



施術後に、部屋のピアノに目を留め、尋ねると、


Mさんは「下手だけどね。」と少しメロディを弾いてくれました。






帰りにMさんに封筒を渡され中身をみると、先ほどの写真が


全て入っていました。私に?汗。



そんなことがあったしばらく後、日々放心していると突然、


3年も付き合っていた、当時の彼氏の浮気が発覚しました。


全く気付いていなかった〜〜真っ青。


相手の美しい女性と彼氏とのカフェでの3者話し合い、


漫画の様な女の意地の修羅場をいくつか経、


結局はお別れになりました。


平静を装いつつも、自分への自信がだいぶ揺らいでいました。


しばらく落ち込み放心後、仕事だけに取り組み過ぎでぶっ倒れてから


またMさんの施術を予約しました。


が、自分のひどい近況は何も言いませんでした。




Mさんはまた笑顔でラブリーなお手製ケーキを出してくれて、


施術前なのに笑、ゆっくりお茶を飲みました。


施術を含め、そこにいる間、ぽつぽつと彼の人生のお話を聴きました。


聞いたことも見たこともないようなお話しでした。



お父様は小さな息子Mさんを連れて渡米し、


ある大自然の中の建設会社?の創立メンバーになった。


が、Mさんは米国の小学校でいじめられ馴染めず、


いつも大自然が友だちだった。


嵐のあとはお父様とポーカーで負けた方が森に入って、


嵐で死んでしまった野生動物を拾って来、


火を焚いて男同士ワイルドに一緒に肉を食べたりもした。


が、お父様は普段はお忙しく、実質Mさんは鍵っ子だった。



そんな日々、一人ぼっちの少年はインディアンの集落を見つけ、


そこによく遊びに行くようになった。


そこでは誰もが彼を優しく受け入れた。


「○○って知ってる?」とMさんはある有名な部族の名前を言いました。


○○? ネイティブアメリカンの??インディアンの???


「いつも俺、あそこに入り浸っててさ、皆んなから


色んなことを学んだ。じいちゃん、ばあちゃん、お母さん、


お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、子ども達、


じいちゃん達。


俺は彼らに育ててもらったようなもんでね。」


でも13歳になった時、お父様が日本に帰ると決められた。


彼らともお別れだった。


「その時お別れで、(部族の)おばばにもらった指輪がこれ。」


見ると、がっしりしたシルバーの土台に、


笛を吹く、その部族固有の人形マークがありました。


そこに大きな水色のターコイズが乗った、


大小の指輪が2つペア。


初めて見る重厚さに感心していると、「これあげる。」


Mさんが、小さな方の指輪を私に渡して来ました。


焦って慌てて断わりましたが、Mさんはただ笑い、


ターコイズの羽根柄のはめられた、シルバーの指輪も一緒にくれました。


(何故その指輪の柄に惹かれてたのが判る??汗)



帰国後、Mさんは日本の高校のインターハイで


レスリングの一部門で全国優勝し、有名なプロレス団体に入った、


世界巡業も何度も行った、とのことでした。


「まさに少年は、強い男になったんだ・・・。」そう思いました。




お父様は鉄の信仰を持たれた立派な方らしく、


帰国後は地方で小さく建設会社を営まれ、


そこに沢山の刑務所から出所された人々を迷わず雇い、


皆に慕われていた、とのこと。


「インターハイの決勝には、坊ちゃん~~~頑張れ~~って


その全員が来ててさ。大幕貼って、もう大騒ぎ、笑」とMさん。



俺は自分のおやじを尊敬している、おやじの何分の1でもいいから、


俺も人の役に立ちたいと思ってさ。


Mさんは明るく言いました。



しばらくして、Mさん自身の、整体の新しいお店がオープンしました。


光と植物に溢れたお店ですぐに繁盛していて、


まったく予約が取れませんでした。が、時々私も


友だちや知り合いにお店を紹介したり、連れて行きました。


その中に、あまり人に見てもらえない、マジシャンの卵の若者などもい、


閉店後のお店で彼のマジックを見、Mさんは心から褒めました。急に


ササっと手持ちの紙で、美しいギリシア女神の様な繊細な切り絵を作ると、


それをブルーの紙に貼って手渡し、彼の前途を祝福しました。



上気した若者が帰った後、Mさんは何気なくトランプを取り出すと


「何でもいいから好きなマークと数字を言って。」


と私に言いました。


??と思い、「ハートの5」と言うと、Mさんは


一発でそのカードを出しました。  


え?


そして次々とどんなマークの数字を私が言っても、


淡々と言われたマークの数字を出し続けました。


びっくりして声も出ません。間近で見ても何もわからない。


「こ、これは・・・・   マジックなの???」


「違う。」 Mさんは言いました。


違う???


「・・・俺達には、これは簡単なことなんだよ。」とMさん。


??俺たち? 俺達って?




当時の自分には、色々なことが、ただの謎にしか見えなかったですが、


年月を掛けてゆっくりと、この現象界についての理解?を自分なりにも


地味にコツコツと深めていると、


少しづつなのですが、かつてのバラバラだった謎が、ゆるやかに


自分の中で実感として一つに、明らかになっていく・・・


そんな感触に、今はなって来ています。




不思議なMさんの現実と、私の「見えない世界」がリンクした話は、


まだ続きました。


が、書いてたら長くなったので、


それはまた書きますね。




以上、


もし読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


とんびオレンジ

自分の、不可解な涙の理由

こんにちは。


今日は自分がよく「歩く神殿としか思えない」と本人に言っていた


不思議な男性のお話を書いてみようと思います。


これも「見える世界」と「見えない世界」がリンクした話でもあり、


エピソードに溢れた、自分が出会った不思議な人の一人でした。



ある日、とても疲れている時、職場の最寄りの駅付近で、整体院に気付きました。


お店の感じが良さそうだったので尋ねてみると、予約なしでもオッケーと。


施術を受けました。


担当はにこやかでソフトな感じの、ガタイのよい整体師さんでした。


びっくりしたことに、施術がとても上手い。


これは大当たりと思っていると、帰りに何か薄い箱を渡されました。


サンプルとかサービス品かと思って受け取り、家で見て開けてみると、


とっても高価そうな、新品の細い漢方薬エキス??が10本入っていました!!


再度訪問し、この件を聞いてみると、


なんとあれは、その方のご自分用の購入品だったけども


今は自分よりこの人に必要みたいだと思い、ただあげただけ、


とのことでした。


びっくりして値段を詰めて聞くと、12,000円もする品のようでした汗。


初対面だしその値段はあり得ないので、返すだの払うだの言うと、


この話は終わり、と思いがけず、きっぱりと言われました。びっくりしましたが、


ご厚意ということで、あまりガタガタ言わず受け取ることにしました。



その整体師Mさんは、話してみるととてもユーモラスな方で、


施術も上手いし、気付くとよくそこに通うようになっていました。


行く度にしょっちゅう爆笑させて下さり、信じられないくらい話し易く、


リラックスできるし、いつもとても楽しかったです。


私としては当時の彼氏と行った沖縄旅行のお土産を届けたり、


仕事の愚痴を聞いてもらったり、冗談も通じるし、


いつも居心地がよかったです。


当時の彼氏とMさんは同じボクシングジム通いだったらしく、


「彼氏はあの可愛い人か~。」と笑っていました。(本人はイケメンのつもりだったが)


他の整体師さんによると、何でもMさんは有名なプロレス団体の


ヒール役レスラーから整体師に転身した人、とのことでした。プロじゃん(笑)


そんな人に初めて会いましたが、


ヒール役だったとは信じられない程


Mさんには清潔感がありました。(あ、覆面を被ってたのかな⁇)




定期的に通ううち、Mさんとは段々とお互いかなり


リラックスしていつも爆笑、気兼ねなく


ラフに話せる感じになっていました。他の整体師さんによると


しばらく行かないと「あの子、大丈夫かな・・」とよくMさんが


つぶやいて心配していましたよ、と言われました。(何を???)



そんなある日、突然に、Mさんが退職して故郷に帰ってしまった、


急にお母さんが倒れて介護が必要で、と他の整体師さんに聞かされました。


とても残念に思いましたが、それは仕方ないことだとも普通に思いました。


そのままいつも通りに生活していたのですが、ある日、ふと、


自分の両頬が濡れているのに気付き、ぎょっとしました。


何も悲しくはないので最初、汗かと思ったくらいで、相当疑問に思いましたが、


仕事の疲労蓄積とかストレス反応かな??と特に気にしない様にしました。


が、それから、仕事中も、料理中もまったく悲しくもないのに


気付くと両頬が濡れており、


考えてみてもその頃、そこまでのストレス反応が出るほどは仕事も辛くはなく、


当時の彼氏とも上手く行っていたので、何か尋常ではない感じがし、


丁寧に瞑想してみました。するとどうやら自分は


あの整体師さんがいなくなったのが悲しいようだ・・・と気付きました。


かなり驚きました。



「えーっと、私ったらあの人のことを好きだったの!?」と疑問に思いましたが、


どう考えても、ただ施術が上手い整体師さんで、話していると気が合って


とても楽しいけれど、お互い特に恋愛感情はない、


というラフな間柄の気しかしませんでした。話題も


Mさんのトレーニング話を聞いたりと、いたって普通だったし、


訳が分かりません。


が、それでも気付くと頬が濡れていることが繰り返されました。




ちょうどその頃、ブライアン・L・ワイス博士の「前世療法」という本に


自分がハマっていて博士の講演会でサインをもらったりしたこともあり、


この疑問と、本の内容自体への好奇心を一挙に解決しに行きました(笑)



そこからプロのヒプノセラピストのところへ通い、


驚愕の体験を色々としたのですが、なんと少なくとも合計7回は、


Mさんと一緒の過去世があったもよう~~~~~(笑)←あり過ぎ



どれも、とても深く感情的なヒプノばかりだったのですが、


毎回ヒプノセラピストさんが、すべて正確なレポート作成をしてくださっており、


それが今も手元にあるので、詳細はまたいつか書くにして、


今日は、はしょって重要な人生だけ、ざっと短く書いてみると


〇 古代のギリシアで、神官だった父親(Mさん)が


  神託を伝えた内容が、どうやら土地の有力者の若い息子の不興を買い、


  訂正を強要された。が、神官が一切拒否したため彼は刺される。


  死にゆく運ばれる父親の様子を見、


  泣きわめく彼の小さな子どもだった自分。


〇 古代ローマのコロッセオで、自分はローマ兵隊の中間管理職みたいな地位。


  空腹のライオン達の餌食の見世物にされる初期キリスト教徒?達の


  初老のリーダーだったMさんを個別に呼び出し、


  今すぐそんな信仰は捨てるように必死で彼を説得するが、


  静かに拒否される。


  コロッセオでの残酷な彼らの姿を見ることはとても出来ず、


  絶望して一人、自分の頭や腕を石の壁にぶつけて血を流していた自分。


という過去世の場面をありありと見ていました。



ローマ兵の場面では、ほんとうに自分のこぶしに生々しく痛みを覚え、


でもそんなこと全く気にならないほど、


心の嘆きの方が何倍も大きかったです。状況に、彼は絶望していました。



セッションの度にどんどん、色々と自分の反応を理解していました。



そうか・・・


なんて、ハードモードなんだ・・・汗


そりゃ~~またの別れに泣くわな・・・


と、納得の人生ばかりでしたが、


涙の謎が解けたところで、


今の現実界ではそんなのまったく関係ないし


そもそもが、Mさんとは、もう会えない可能性も高い。


せめて最後のダメ元として、


今までの御礼と、お母さまへのお見舞い金を


同封した手紙を書きました。


同僚の方に、もしもいつかMさんにまた会う機会があったらこれを


渡してもらえないかとお願いして、結果は神のみぞ知る、で、


社会人としての精神衛生的にも、この件はもう忘れることにしました。



が、2カ月ほど経ったある日、


手紙に書いていたメアドにまさかのMさんから連絡が来ました。



喜んで書かれていた携帯に電話すると、懐かしく元気な声が聞こえました。


故郷のお母さまは元気になられ、


自分のことはいいから都会にすぐ戻れと言われたとのこと。


お兄様に任せて再度同じ街に戻り、今は自分の整体院の開業準備中だ、とのこと。


前のお客さんで、やはりMさんの施術をどうしても受けたい人も数人いて、


請われて自宅の一室でオープンまでの日にちはやっている、とのこと。


喜んで自分も予約をし、またうかがいました!


ヒプノのことは、一切言うつもりはありませんでした。



玄関先で、(色んな意味で)久しぶりに懐かしい笑顔に会い、


素直に笑って喜んでいました。


しかし、お茶を入れるからと通された居間に座った途端、ぎょっとして


固まりました。


なんと、そこには、テーブルに敷かれた透明のビニールカバーの下に、


沢山のローマ・コロッセオの写真が並べてあったのです。


目を見開き、少し足が震えました。


これは、一体どういうこと????脂汗が出て来ました。


玄関入ってまだ5分も経っていません(笑)


お盆に手作りケーキと紅茶をのせて、にこやかにMさんが現れました。


自分はプロレスラーを引退した後、お菓子の専門学校を卒業したんだ~~


とラブリーな話で笑わせながら着席したMさんと、ひとしきり近況報告をしてから、


内心緊張しつつも、さり気なくコロッセオの写真のことを尋ねてみました。


するとMさんの口から明るく、驚きの言葉が出て来ました。


「俺ね、子供の頃から何度もいつも同じ夢を見てたんだよ。


それが、イタリアのコロッセオの夢と、古代ギリシャの夢だったんだ。


特にコロッセオの夢は、ほんとに怖くてさ、毎回いつも汗びっしょりになって


飛び起きていたんだよ~~。」


Mさんが静かに話し始めました。


思いもかけず、現実と「見えない世界」がリンクし始めました。



と、長くなりましたので、続きはまた明日書きます!


読んで下さった方、おられましたら、ありがとうございます。


とんびオレンジ

呼びかけに、風が応える人 ②

昨日の続きを書きます。



ご家族のフラを拝見した後日、なんとT先生のご厚意で、


ご一行に一曲教えていただける、その内輪の室内ワークショップに


この初心者へっぽこまでが参加させていただけることになりました涙。


って、真っ青。これ以上のプレッシャーってないのでは・・・・


内心相当震えました。かちんこちんに緊張マックス。


そして、どういう訳か、自分の目の前に若きクムフラとご祖母様が??


近い・・・近すぎる・・・脂汗が・・えっとこの事態は・・・・そして


クムフラも踊られる??


幸い、どうやらこれは動き廻るフラではなく、膝で立って地面に座る形。


両手に小石をカスタネットの様に持って上半身だけの


シンプルな動きのものでした。踊りではないのかも?(ほっ・・・ってそうじゃない)


もしかしてまさか、これは踊りじゃない?ということで


可能な限りギリ、参加者に寄り添ったセレクトをされたのでは・・・???


そして笑顔でおられるけども、もしや、ほんとはどこかがまだしんどそうな気配???お熱は??


心配でした。なのに、ほんとにその・・・上手く言えないのですが


圧倒的に、この場、光の量が多い?


とにかくきれいなエネルギーが循環している・・・?


この方は、どこまでも柔和で、本物の優しさが全身から溢れ出していて


ご祖母様もまったく気どりない、優しさと温かさが溢れておられ。


空間に、もはや現実味がない・・・


まさか古代じゃなく現代の時代に生きてて、大都会の真ん中で


急にこんな豊かな体験をさせていただけるとは。


わしゃ一生の運を使い果たしたんだろうな・・・


と、それどころではなく、必死で教えて下さる身振りを覚えて動いていました。


歌われながら両手の小石を打ち鳴らすのは小気味よく、


シンプルながら、その後ずっと心に残ったものでした。


初心者が必死でついていって、無事に終わった時は、心底ほっとしました。


もう色々といっぱいいっぱいだったせいか、帰宅するとぶっ倒れて


ひたすら深く眠っていました(笑)



翌日の休日は、皆さんは隣の県の遠方へご移動だったし、


自分も仕事の疲労蓄積で体力もギリギリ、一日ゆっくり休むのが自然・・・・



なところでしたが


早朝起きたらもう居ても立ってもおれず、また電車に飛び乗っていました(笑)


電車に揺られながら、


あの、風がクムフラの呼び掛けに応えた時の様子を


ぼんやりと思い出していました。


人間の呼び掛けに、風が応えた。大勢の人が見ていた。


大風が、彼に応えていた。


あんなことがあり得るんだ・・・この目でナマで見た・・・・


ご本人らは、当たり前の様に、そこになんの不思議も感じておられないご様子だった。



駅に到着するとタクシーに飛び乗って、地方の田舎の体育館に辿り着き、


急いで、空いていた一番前の角のスチール椅子に座りました。


また会は始まりました。


体育館ということで、前回とは違ってどこかカジュアルでアットホームな場の雰囲気。


無心に、ひたすら皆さんご一行を見て聴いていました。目の栄養すぎる。


ご本人のお話しによると、10代の頃、本国文化の中でご自分は


誰も手が付けられないほど荒れておられた、とのこと。


でもそこで出会えたハワイ民族の歴史や、本来の文化、特に航海術によって、


ご自分の歩むべき正道を発見することが出来た、とのことでした。


ご先祖や、ご自分の道に対する想い。


始終明るく、優しくお話しされていました。


ご家族の歌やフラもまたご披露され、会場全体が始終温かく優しい、


穏やかな雰囲気になっていました。



気が付くと時間は早く過ぎ、もう会の終わり。


素晴らし過ぎて色々と、しみじみした気持ちでいっぱいでした。


穏やかで平和な空間でした。


空間自体が、栄養になってる・・・。自然に自分も、呼吸が深くなっている。



と、ここで、なんとクムフラから、今日出会えた温かい皆さんのために、


簡単なフラを一曲踊りたい、と急にお申し出があったようでした。



そ、そんなことが?あり得る??(絶句)



神事のではなく、ハワイで昔から有名な一般のラブソングですが・・・


とのこと。なんと。


ご兄弟がラフにギターをかき鳴らすと、クムフラが


あの麗しい豊かなお声で、ご自分で歌いながら、


軽やかに踊り始められました!!!これがラブソング!?


あり得ない。初めて見る。全身で踊られるのを?ナマで見る?



と、


えっ??



あの方は・・・・・


人間ですか?


もしかして、身体が水??


ほんとは水なんです、とか?


水の精なのですか??もしや全身が、水の塊でおられる???


動きのどこもが、常にダイナミックに静かに流れ続けていて、


引っかかる・留まることがなく


でもただの「上手」とかそんな質ではなく・・・何と言ったらよいのか・・・汗


やはり流れる、生きた水の精ですか?なのに、どの動きも軽やかで。


そして自然で、ただただ美しい。


人間のあの動きの印象は初めて見たし、動きと在り方があまりにも


既知の予想を越えていて、ちょっと放心してただただ見入っていました。


一般のラブソングです、ってあなた様・・・・


そうやってほんとに凄い人は存在しておられるんだろう・・・


この地球上の、あちこちに。


全てがあまりにも美しい・・・涙出る。沁みる。


(愛らしい「カピリナ」という曲でした。)



この肉体も自然界として一緒に大切にしつつ


同時に、外の大自然にも耳を傾け続け、決して置き去りにしないで


自分を丁寧に成熟させ続けて行くと、きっとあんな風に、


総合的な人間、どこへ行っても光の量の多さが溢れてしまって隠せない、


常に流れる水のようでもあって、広々とした存在感の、心優しい人、


になれるのかな・・等、色々感じました。なんにしても、美だった・・・



会が終わった後、T先生に呼ばれ、なんとクムフラと一緒のお写真に


入らせて下さいました・・・・あり得ない。(家宝)



全てが終わって、せめて自分も賛同の署名と寄付をし、


さあ帰ろう・・・として、


あっ、



「財布が空である。」


やらかした・・・。


ぎゃ~~~~~


と、


目の前に、T先生の旦那様が、ほんとに急に現れました。


「どうしたの?大丈夫??」と。


焦ってお話しすると、即5千円をも貸して下さいました!!


やらかしたご迷惑に申し訳なさでいっぱいで、心底からの御礼を言い、


帰路につきました。


ちゃんと地面に足着けて戻って、しっかり帰らないと!!!


そしてまた、あのカピリナの曲と踊りを無限に思い出しながら


無事に帰宅しました。(お金は後日ちゃんとお返ししました!!)



以上、昨日の続きのお話しでした。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございました。


また書きますね。


とんびオレンジ