見えない世界と親しむ

色んな形で見えない世界と楽しむ

好きな本からの引用文

こんにちは。


朝、『今思うと、霊媒(ミディアム)だったんだろうなぁ~の友だち』


というタイトルで文章を書いて、


8割方まで来たところで、全体の字体が急にとっても小さくなったりしました。


めんどくさっ。




こういう時は、「今はその話はやめとけ」と言われているのかな~とも思い、


あっさり記事を全部削除しました。(笑)


(いつでも書ける)




かと言って、また新しい話題をイチから書く気力もないし、


そもそも朝の時間帯が好きなので、


今日はもうこれ以上書かないで、ムリせず野の花を求めて


里山に散歩に行くことにします~~。ジェラート屋も~~~~。





でも、せっかくなので、


大好きな本に載っている、短い引用文を書いてみます。




この本は昔から全体がもう大好きで、


人間のリアル劇場に苦悩しながらも、見えない世界にも触れつつ


見える世界にも、見えない世界にも、真摯に敬意を払い、


誠意をもって「こんな私に何が出来るのか?」と自問しながら日々働く


沢山の市井の方々から集めた、内面と同時に外面の様々なエピソードを、


元ハーバード大学の心理学教授であり、ご自身も求道者のラム・ダスさんが


ご自身の言葉もところどころに織り込み、本のタイトルをテーマとして


鋭いと同時に霊感に満ちた彼の感動的な考察を書かれている本です。




医療・福祉職で働いている友だち2人にも勧めたところ、


一人は「も~~~公園で油断して読んでたら号泣しちゃって、目が腫れて


帰れなくなったじゃんよ~~~」


一人は「少しづつ寝る前に読んでて、枕カバーがその度に涙で濡れてます。」


と言っていました。


分かります。いつもの心の葛藤も、でもそれだけでは終わらない


突き抜けたインスピレーションも素晴らしいです。ラム・ダスさんに感謝です。




可能なら全部引用したいくらいですが、


怠け者なので短いところを書き移して(笑)、今日は投稿を終わろうと思います。





「ハウ・キャナイ・ヘルプ」助け合うときに起こること

ラム・ダス+Pゴーマン著/ 吾妻典子・訳  ・ 平河出版社、


P139よりの引用。




  かつて、大きく頑丈な侍が、小さな僧に会いに行った。


「僧よ」と、いつも人から服従されることに慣れた声で侍は言った。


「極楽と地獄について教えてほしい!」


  僧は、この力強い戦士を見上げると、軽蔑の念をこめて答えた。


「おまえに極楽と地獄を教えるだと?おまえには何も教えてやることなどできん。


おまえは汚れきってる上に、臭い。刀も錆び付いておるじゃないか。


おまえなぞは侍の面汚しだ。恥だ。えーい、目の前から消え失せい。


がまんならん。」


  侍は激怒した。衝撃を受けて顔が真っ赤になり、怒りで口もきけなかった。


刀を抜くと頭の上にかざし、僧を殺そうとした。


「それが地獄だ」と、僧は静かに言った。


  侍は圧倒された。地獄を教えようと、自らの命を差し出したこの小さな男の


慈悲と明け渡し!侍はゆっくりと刀を下した。


感謝に満ち、ふいに心が平安で穏やかなのを感じた。


「そしてそれが極楽だ」僧は静かに言った。







(あ~~~~、これで良かったわ~~~~喜)


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。

とんびオレンジ

優秀な実践アイテムとしてのフラワーエッセンス

こんにちは。


皆さんはフラワーエッセンスってご存じでしょうか。


きっと男性は、ほぼほぼ誰も知らないと確信しています(笑)


これ、長年使っています。




人間の意識とかエネルギーとか、果ては自己探求のナマの世界、とか


見えない世界でも植物や樹を知りたい!!!などにも関心がある方、


(もちろん、本来の使用目的・自己の癒しに取り組み中の方も)だったら


これ、とっても面白いのにな!!と思っています。



花なので、どこかフェミニンなイメージとは全く裏腹に、実は骨太で、


その広大さに驚くばかりの、確実な日常での実戦アイテムとしての


イチ・カテゴリーなのでは?と日頃感じています。




ファンシーな最近の流行りもの?という印象とはまったく裏腹に、


実は古代から人知れず長く使われて来た、癒し分野の優秀アイテム?


といったお話も聞いたことがあります。





古い記憶なのでうろ覚えなのですが、


デイーパップ・チョプラDrの昔の名著「クォンタム・ヒーリング」という古い本の中で、


たしか市井の癒し手であった著者のインドのおばあ様が、


生涯肌身離さず持ち歩いかれていたバックの中に、


花の朝露だっけ?を集めた小瓶を持っておられたという様なお話しが載っていて、


戦争で離散されたんだっけの時に、おばあ様が送ってほしかったものは


ただただその小瓶だけだった、とも読みました。



きっとその小瓶を、ご自分や周りの人のエネルギーを健やかに保たれるのに


戦時中、密かに使われていたのでは?と推測します。






以前テレビでも見ましたが、フラワーエッセンス発祥の地イギリスでは、


もう一般社会に浸透していて、どの家庭にも1本はある、日本で言うとなんだろう、


梅干しとかドクダミ茶とか??みたいな扱い??とのことでした。




歯医者さんが治療前に泣きわめく子どもに、フラワーエッセンスの木箱を開けて、


1本選んで2滴くらい水に落として与えると、段々落ち着いてた様子も放送されていました。


(子どもはまだエネルギーに速攻敏感に反応しますよね)





巡礼帰りのヨーロッパの空港の売店で、


当たり前に普通に売ってあるのも何か所か見ました。





日本では、女性の方はもしかしたら


「あー、あの雑貨的な・・・アロマみたいな・・・ハーブみたいな?」とか


「癒しショップの棚で見たことあるかも・・・」と、分かられる方もおられるかもしれません。


もしかしたら既にヘビーユーザーだよとか、既にフラワーエッセンスのプロの療法家だよ~


という方も、おられるかもしれませんね!




個人的には、


見えない世界や、意識やエネルギーや、自己探求や、


見えない世界での植物達の世界とも、もっと親しみたい方、


(本来の用途の、自己の癒しに使いたい方はもちろん)


超実践的で有効な、広大で豊かなカテゴリーなのに、


販売される時、どう考えても現状は一般社会的に置ける場所が、


まだ女性しか行かない様な、雑貨店や癒しグッズコーナーしかない


と言うのが、とても、ほんとにまだまだもったいない感じがします。




少数派の世界だけではなく、一般社会でも広く使われたらいいのになー、


特に人口の半分の男性にも・・・


こんなに凄いのに・・・と、


イチ・ユーザーとして感じていました。空港に置いてあるとかヨーロッパいいな・・・。





かと言ってよく誤解される、速攻効くぜ、二日酔いが治るぜ、これこれの症状に効くぜ、


って一般の薬みたいな分かりやすい効力は全く無いし、


これを飲めば、速攻不安が消えますとか、失恋にいいです、とかの短絡的な効果も


個人的には正直無いと感じます。(笑)






個人的な実感としては、


まるでその植物の成長過程を辿る様に、自分も一緒にゆっくりと変化していくぞー


って感じでしょうか。(意識はわりと飲んですぐも、さっと変わる気がしますが。)


(そのゆっくりした過程に、もしも熟練したプロの療法家の方が一緒に伴走してくれたら、


鬼に金棒、って感じがします。)




しかしここで我に返ると、このお粗末な私がフラワーエッセンスについて説明したら、


専門の療法家の方々や長年のヘビーユーザーに速攻叱られそうなので、汗


ご興味ある方は、ご自分が信頼できそうなフラワーエッセンスのプロの療法家の方や、


ご自分が信頼できそうな御本を読まれて、楽しく探されて下さいね。





超簡単に書くと、フラワーエッセンス、どうやってそれらが作られるかと言うと


えっと、まず花を摘んで、それをきれいな渓流の水の入ったボウルに一面浮かせ、


太陽の下でしばらく放置、保存用のブランデーとか酢とか入れて瓶に詰める、終わり。


らしいです。



ほんとはもっと超繊細な条件や、丁寧な手順を踏んで作られるそうなのですが、


ざっくり書くとそうなるのでは。←ただの怠け者なので、お許し下さい。




って、そんなの、いちいち作れるかよ、と思われるでしょうが、


世界中に存在する、各メーカーのもう作ってある瓶詰めが製品になっていますし、


各メーカーの方も世の中には沢山おられるので、


ご興味持たれた方は、詳しくはそちらに聞かれて下さい。


世界の色々な地に咲いている花々と、親しく知り合えるなんて、楽しいですよね。



突っ込んで言うと、どんなプロと出会うかとか、どんなメーカーを選ぶかで、


フラワーエッセンスのもつ広大な可能性がその方に


どこまで実感できるかが、全く変わってくるのではないかなー???とも


個人的には感じていますが、それはただただその方の持たれる、


オリジナルな花とのご縁とか個性、ご興味の深度によるので、それで全然いいと思います。





あくまで私の場合ですが、簡単に使い方を書くと、


花の実物や写真を見て、ご自分がピンと来たり、惹かれるフラワーエッセンスを一つ選んだら、


(本の解説を読まれて決める方も沢山おられますが、私は大体が、写真か生の花を見て決めています・・・)


スポイト式のガラスの服用ボトルも一緒に購入します。


それで、ガラスの服用ボトルの1/3か1/4まで保存用のブランデーか、食用酢を入れて、


水を足します。


そしたらそこに、選んだフラワーエッセンスを、大体2か3か4滴くらい?入れます。


(成分、ではないので、花自体の持つエネルギーというか、なので濃度は関係ない。)


それを大体4週間単位で、朝起きた時、日中2回、寝る前の最低4回、数滴舌の上に落とします。


カフェで水や飲み物に数滴落としたり、ペットボトルのお茶に数滴落としたりしてもいいです。


飲む前にはボトルを少しシェイクして飲んでいます。


(もしスポイトが唇や物に触れてしまったら、そのまま瓶に戻さず、スポイドを


流水で流してから瓶に入れます。)




敏感な方は、花の違いによって、明らかにエネルギーが全然違う!!と


気付かれることもあるかと思います。もしかしたら、


飲んだ途端に、ご自分の意識がパッと変わる実感を持てる方もおられるかも???




実際、私が最初にフラワーエッセンスを学んだ、プロのフラワーエッセンス療法家の先生は、


驚くことに、利き酒(名前を紙で隠してなんて酒か当てる)ならぬ


利きエッセンス!!


が出来る方で(びっくり!!)


ラベルを隠したフラワーエッセンスを数滴飲んで、


その花の名前を、ほぼほぼ当てておられたとのこと。


(エネルギーに敏感な方って実は世の中に、ほんとにどこまでもおられますね汗)





自己探求中・自己の癒し中の方だけでなく、


見えない世界にご興味ある方にも、色んな意味で、


フラワーエッセンスの分野は広大で豊かで面白く、


入って行くと、深く胸を打つこともある、イチ・カテゴリーだと感じます。





と、言う訳で、ただの長年のユーザーとしてですが、


フラワーエッセンスを、さらっとご紹介してみました。


←全然わかんねーだったらごめんなさい汗。



(ただのボヤキとして聞かれてほしいのですが、昨夜からなんか


見えない世界から、「フラワーエッセンス」というオシャレな電光掲示板みたいな(笑)


ものを度々見せられてるような・・・圧を感じるような・・・気がしていました汗。


「いやいや、広大すぎて書けんわ!」と目を逸らしていると、それがただの


普通の字体として圧に変わって行ったというか・・・(笑)圧には変わりないのですが・・・


勝手に自分がそう感じているだけかもしれませんが・・・・書いたよ!)





読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

聖者(前回の続き)

こんにちは。昨日の続きを書きます。


お寺から帰ってしばらく意気消沈していると、ある日1本の電話が掛かって来ました。


なんとあのお坊さんでした。


「よう、生きてるかーー?」


びっくりしました。そう言えば連絡先を教えていました。


「今度、2泊3日の座禅合宿がうちの寺であるんだけど、来る?」


「私が????」


「そう。」


「行きます。」


何故かすんなり答えていました。





その日、到着したところは、山奥にも関わらず結構立派な禅寺でした。


しっとりした沢山の緑の中で、とても清々しい場所でした。


20人くらい?の人たちや、きびきびしたお坊さん達がおられました。



「お~、着いたか!!よく来たよく来た。」


あのお坊さんが、ゆったりと声を掛けて来ました。


自然の中で見ると、あの日とは違う印象でした。





禅堂に入ったのは生まれて初めてで新鮮、簡素なお食事もとても美味しかったです。


その後は数人づつでの入浴時間でした。薪で焚いているとのこと。


湯船に入っていると、大きな新聞社で記者をされてると言う女性が、


ご親切にも教えて下さったのですが、


なんと、あのお坊さんは受付坊主などでは決してなく、ご住職!!


この宗門の最高位の高僧・老師の息子さんなのだとか。


えええええ????


そんな・・・。愕然。




と、窓の外から、


「コラ!!いつまで喋ってる!!次の人達が待ってる!!早く出ろ!!!」


と、あのお坊さんのいや今や住職さんの、本気の厳しい声が


響き渡りました(笑)





夜の座禅が終わり、就寝前に同室の皆さんとお喋りして、


私がどんなに仏縁があるか自覚した方がいいと皆さんに


言われました。仏縁????


あの住職さんはユーモアがあり人気で多忙、個別には滅多に会えない方で、


たとえ講演会に300万円出しても、なかなか出てはいただけないんだ、とか。


(そんな方に自分の話を長々と聴かせていたとは・・300万円???汗)




山中の禅寺の空気は、ほんとにすがすがしく心地よいものでした。


と、皆さんの会話の中に時々出て来る、住職さんのお父様という高齢の


修行中の高僧のことが気になりました。最高位の高僧???


聞いてみましたが皆さん、〇〇様のことは雲の上の人過ぎて誰も見たことがない、


別世界の方だから・・・とのことでした。修行中の、凄すぎる僧なので、


10年修行した僧侶でもご指導いただくのは難しいと聞いた、とか。





翌朝、やけにお坊様達がドタドタと走り回っておられました。


朝食時、あの住職さんがどこか緊張した様子で、皆さんに言われました。


「今日、おやじが、いや、〇〇老師が、近くに来たので、


急遽ここに寄ることにしたそうです。予定にはまったくなかったんだけど・・・


こんなことは、珍しいです。」


あちこちで、「信じられない!!!」と、歓喜の悲鳴が上がりました。


禅堂で待ちました。初参禅の私を、皆さんが正面一番前に座らせました。


恐縮しかなかったです。


と、お付きのお坊さんの後から、とうとうその方がゆっくりと廊下に現れました。




一目見て、突然自分の意識の何かが変わり、時間が止まりました。




「え・・・・。なんて美しい方なんだろう!!」




心底驚いて思いました。




なんと言うのか、例えると



全体が、まるで透き通る様な、とてもきれいな軽やかな存在感。



そしてそれを見ていると、同時にこちらの内面まで、ただただ気持ちが良い。



こちらの身体の中に、ミントみたいな心地よいひんやりした、きれいな風が


絶えず流れ続けるよう!!!(←暑がりの私・・・)



こんな方、今まで生きて来て、一回も見たことがないよ!!!



こんな方が生きて世の中にいるのか!!!なんなの、これは????例えれば、


天上人が、もしもそのまま、この世界に降りられたとしたら、


きっとこんな風にきれいで、皆が即座に気持ちよいのでは???


お姿を見た途端に、急に自分のすべてが満足しているのに気付きました。


こんな方ともし一緒にいられたら、身の回りの全てを、心を込めて


とっても丁寧に扱いそう・・・。


場も何だろう、世界中の美味しい爽やかな空気を全てここに


集めた様に、明るく変わっていました。微細な光の量が多い???


過去も未来も完全に忘れ、今ここだけで永遠にもういいわ、と言うか・・・。


あれ?ほんとは天使とか??半分かすみなの!?この方、この世の方!?



ゆっくりと歩まれるそのお姿には、品と言っても全く足りない、


一度も見たことがない軽やかな質なのに


厳かさや、光の充満の様なものも感じられ、


とにかく見ていて、ただ突然の至福に圧倒されました。



皆の幸せが禅堂いっぱいに即座に広がっているようで、


その空間はどこか遠く懐かしく


なんか知らんけど、ほんとに幸せ~~~~~。


こんなに気持ちの良いこの方なら、私、一生見ていられる・・・。


踏まれる床の木も、吸われる空気も、きっと、今、喜んでるに違いない!!



聖者だ・・・。


そうか!!聖者って、体験なんだ。




老師様は、静かに座られると堂々とされ、


胸いっぱいなうれしそうなお顔で、禅堂の皆さんを優しく見渡されました。


そのピュアな笑顔に、油断していた心はとろけ、大変失礼ながら


「赤ちゃん?」と思いました(笑)


それくらい、ほんとうに純粋な感じがしました。


こんな一番前の正面で、こんな近くでこんな美しい方を見られるなんて。


後ろにいた私を、前に押し出して下さった皆さま、ほんとにありがとうございます!!!!


お声はしっかりされていましたが優しく温かみがあり、


大人の声なはずなのに、どこか小鳥の様な軽やかな印象も受けました。


きっと究極に成熟されているのに、赤ちゃん。この謎。




ゆったりと温かいながらも、端正な仏教のお話し少しと、


皆さまとお会いできて、ほんとによかったです、といった


シンプルなお話しをされました。


それはこちらこそです~~~~~~~~~~~(涙)



柔和な印象だけではなく、どこか喜んで自分から


はは~~~~ってしたくなる様な、なんと言うか自然界??の権威を持つお方、


って感じもありました。←実感を表す表現力がない・・。




ただただ幸せ感にひたっていると、


(たぶん)「お時間です。」と、お付きのお坊様が小声で囁かれました。


ああ~~~~もうこの天国は終わるのね~~~~~~、短い~~~~


皆さんのため息と、心の声も聞こえるようでした。




すると老師様が、かすかに思慮深い視線になられて一瞬黙られると、


「皆さんの中に、今回初めて座禅をされた方はおられますか?」


と明るく言われました。それを聞いて、


「はいっ!!!!はい!!!」


気付くと、馬鹿丸出しで大きく手を挙げていました(笑)


(厳密に言うと二回めなんだろうけど、あれはカウントできない・・・)


老師様はこちらを見て微笑されると、



「では、短い時間ですがわたくしが、皆さんとご一緒しましょう。」



と堂々と言われました!! 小さな悲鳴があちこちで上がりました。





ご指導の下、座禅を組みました。


老師様が、皆さんを周られて姿勢や手をちょっと直して下さったり、


(アホみたいに見てるんじゃない!(笑))


凄く近くを通られる気配があったりし、自分にとってうれしく、本当に得難い時間でした。




座禅の時間が終わると、「では!」とおっしゃり、急にきびきびとした足取りで、


老師様は去られました。その緩急にも驚きました。


目の前から去って行かれるのが、心底寂しかったです。




老師様が去られた後、皆さんがわっと私を取り囲むと


「ありがとう!ほんとにありがとう!」と言われました。


「僧侶じゃないのに、〇〇様に直接座禅の指導を受けられたなんて。


こんなこと、絶対誰も信じてくれないわ!!!」「あり得ない!!生きててよかった!」


「長く仏教を学んで、今日こんないい目に遭えて、


もう何も私、思い残すことはないわ!来てよかった!!」


「あなたがあの時手を挙げてくれなかったら、きっとあのまま


すぐに帰られていたわよね?手を挙げてくれて、ほんとにありがとう!」


抱きつく人もいました。


ああ、こんなアホでも皆さんのお役に立てて、ほんとによかった・・・。



私の中に生まれて初めて「聖者って・・・」という実感がその日、


深く刻まれたのでした。




以上、長くなりました。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございました。


また書きますね。


とんびオレンジ

受付?のお坊さん

こんにちは。皆さんは、聖者って会われたことありますか?

私は無宗教なのですが、友だちに言わせると、

通常よりちょっと多い数、聖者に会ったことがあるそうです。




言われて初めて指を折って考えたりしましたが、私の場合は、

人生で切羽詰まると、生きている本物の聖者の元に駆け付けたくなる・・・という

超オバカな単純図式がありまして、その経緯はいつもドタバタで、

とても褒められたものではありません・・・汗。




現代では、アニメや漫画ファンの方等では作者は「神」でしょうし、アイドルもそうだし、

どんな業界でも、尋常ではないクォリティを発揮されている方を、聖者認識されていると思います。

人の熱を帯びたそういうお話を聴くのも好きです。



「推し」をも超えて、皆さんの「神」となるようなお方には、

何か日常からどーんと突き抜けてる性質を感じます。



初めて生きてる聖者と、生で会った体験を書きたいと思います。

若い頃です。私は無宗教で、教養レベルでも、宗教に関してとんでもない無知なのですが、

純粋に、生きた聖者の圧倒的な存在感には、大きな好奇心と畏怖を感じます。

その印象は、「オーラ」どころではありません。大きな海??



ある意味、若くて右も左も分からない人生の最初の段階で

典型的な「ザ・聖者」に

まず会えたことは、今となっては

何者かの、学びのステップの配慮を感じずにはいられません。




私側のその経緯は間違いなくコメディ、ドタバタだったのですが・・・汗。



結局は振られたのですが、結果6年付き合ったずっと好きだった同級生の

男性との交際中、心底疲れたことがありました。

何故か「こんなことは、もうやめよう。」と思いました。



しかし、どうしたらやめられるのか考えた結果、単細胞なので、

「出家しよう!!」と

思いました(笑)(←アホ&若かったので、どうぞお許し下さい・・・。)



って、それもおかしな話で、自分は仏教には興味がなかったのです。←コラ



小学生の頃は靴屋のお兄さんに誘われ、近所の日曜学校に行っていました。



何がいいって、毎週聖書のエピソードのきれいな絵カードがもらえて

それをノートに貼るのが、とても楽しみでした。



おやつやジュースをもらえたり、クリスマス会は楽しいし、賛美歌歌うのも

嫌じゃなかったし、なけなしのお小遣いを廻って来る献金箱に入れてましたが、

子どもには楽しいことばかりでした。



自営業を立ち上げたばかりの両親は必死で、子どもはほったらかしでしたので、

それをいいことに海や山を駆け巡って勉強はせず、

日曜学校に行く子ども、という感じでした。




出家とは言っても、一体誰に聞けばいいのか?



近所のお寺のお坊さんは、いつも豪華な車を乗り回し、家族もいつも

請求されるお布施の額に怒っていたし、そこにはちょっと聞きたくありませんでした(笑)




そこで、本の帯に悟っていると書かれていた方の、御本にある住所に手紙を書きました。

泣きながら(笑)経緯を書いて、どこへ行ったらよいでしょうか?と。



すると、恐縮なことに、丁寧な手書きのお返事がご本人からすぐにあり、

ここへ行きなさい、と教えて下さったのです。ありがたいことでした。



住所を見ると、そこは大都会でした。安い深夜高速バスに乗りました。



早朝に着いて、人やお巡りさんに尋ねながら大都会を歩き廻り、

やっと指定されたお寺に到着しました。



自分の田舎の感覚では、寺はいつも開いているもの、という意識だったため、

躊躇なく「ごめんください。」と言いました。



ドタドタと大きな音を立てて、受付のお坊さんが現れました。



「はい、何でしょう。」

「出家したいのですが、どうしたらよいでしょうか。」



お坊さんの顔つきが変わると、いきなり、

「出家!?何言ってんだ。

よせよせ、出家なんて、やめちまえ!!

帰りなさい!!!」

と、いきなり言われました。



あ然としました。



急に悲しくなって来て、玄関先で「わーん」と泣いていました(笑)



「もー、お嬢ちゃん、俺は今日これから結婚式があるんだよ。

今、寺には俺しかいないし、忙しいんだな。

俺もお嬢さんの話聞いてる場合じゃないんだよ。全然。」



きっと受付坊主だからダメなんだ!!と、思わず思いました。



「じゃあ、私はどうしたらいいんですか!?」


「なんでうちに来たの」


御本の方のご紹介で、とお名前を出し、お手紙を出すと、

お坊さんは急に神妙な顔つきになり、

「よく存じ上げております。」

と襟を正される感じでした。



「座禅はしたことあるの?」

「ありません。」



「それでよく出家とか言うな!!(呆れ顔)

そうだ、じゃあ、俺が座禅をちゃちゃっと教えるから、



それで30分座ってみて、それから考えよう。な!

俺りゃあ、今日忙しいんだ。早く入りなさい。」


「はい。」


中に入り、小さな部屋でほんとにチャチャっと3分くらいで

座禅の仕方を教えると、受付のお坊さんは「また見に来る」

と、走って出て行きました。



習った通りにしましたが、組んだ足がとっても痛く、さっきの対応を思い出したり、

きっと受付坊主だからダメなんだ!!住職さんはどこにいるの??



でも教えてくれるなんて、もしかしてちょっとは優しいのかな、あの受付の・・・

など、考えているうち、意識がもうろうとしてきました。(笑)



ふすまを開けて閉じる音がし、はっと我に返ると、

私は見事に畳に横になって

爆睡していた様でした!!(笑)長距離バスで来たので・・汗。



よだれを拭いて、慌ててもう一回座り直し、澄ましていると、

再度ふすまが開き、さっきのお坊さんが現れました。



「できたか?」

「出来ました。」


自分には恥ずかしかったですが、澄まして言いました。



意外なことに、お坊さんは何も言わず、私を応接室に通しました。



「なんで出家なんて、馬鹿なことを考えたの。」と

話を聴いてくれるではありませんか!!



うれしくて、自分の経緯と気持ちを話しました。また涙が出て来ました。

しかし、そこで、何を話しても

「あー、下らない。」

「あー、ばかばかしい。」

と心底言われ、いちいち頭に来ましたが、



どこかでそれを聞いていると、段々ほんとにこれは

バカバカしいことなのかもしれないのかな??という気にも

少しなって行きました。



「こないだもさ、別れた男が忘れられなくて苦しくて

わんわん泣いて、もう死ぬって言って

うちに駆け込んで来た若い女の子がいてさ、

そいつのネクタイまで抱いて鼻水出してる訳よ。



仕方ないからティッシュ出して話聞いて、

可哀そうだから、うちで面倒みてしばらく掃除とか

来てもらって帰りには俺も座禅も一緒にしてさ、

そしたら3か月後にはケロっとして、

何のことでしたっけ?とか言って就職してさっさと去って行ったよ。

若い女の子って、そんな感じなんだな、これが皆。」


と言われました。



そんな、他人の話を聞かされても・・・とは思いましたが、

この人、案外優しいの?と、びっくりもしました。



「おっと~~~!もう1時間も経ってるじゃないか!!

俺はもう出なきゃいけない。ほんとに出なきゃいけない。

お嬢ちゃんもお家に帰りなさい。」


「すみませんでした。お忙しいところ、ありがとうございました。」

「あ、ちょっと待って。」



しばらく待つと、沢山の本を抱えたお坊さんが。

「出家しようなんて考えないで、これ、全部あげるから、読んでみなさい。

全部俺が書いた本。」



??


「そ、そうなんですが?こんなに沢山?あ、ありがとうございます。」

戸惑いながらも受け取り、寺を出ました。



ありゃ、長くなりました汗。

ここで、一旦終わりますね。まだ聖者は出てきません。

読んで下さった方おられましたら、ありがとうございました。


とんびオレンジ

パラレルワールドを目で見る。

こんにちは。

こんなとんでも体験ばかり書いているブログなのに、

皆さまの反応から、読んで下さった方もおられると知ると恐縮しかありません。

本当にありがとうございます。

受け入れ難い話もきっと多いと思いますので、そこはきっと全てこの人のファンタジー

なんだろうな・・・と思っていただけたら幸いです。



昨日は地に足が着いたことを書いた(つもり)なので、

今日は元に戻って、見えない世界と親しんだ?一種の体験を書いてみようと思います。



私には地元に仲良くしている古い友達がいるのですが、彼女は見事なまでに

私の好きな話の範囲に興味がありません(笑)



たとえば「前世療法」という本がベストセラーになった

ブライアン・ワイス博士と言う人がいますが、



その方のお弟子さんに実際にヒプノセラピーを受けて帰って来て

興奮してその様子を喋り倒しても、だから何、とラフに言います(笑)



過去の人生がどうだったとしても、それが何なの?って

心底から思って言ってる感じ(笑)←率直で尊敬する。

(ある意味では、まったくそうなのですが。)




でも何を話しても敬意を崩さず、真剣に傾聴してくれています。

(また始まったと思って、ほとんどを聞き流してるのかも

しれませんが・・・(笑))



彼女は芸術・文芸に興味があると思います。

私は文芸枠の人、と勝手に呼んでいます(笑)



彼女は不思議な人で、人生で地元から一歩も出たことがないのに、

こんな地方にいながらして

独特の不思議な人生の流れと、人から請われることへ応えて来た経緯によって、

結果、文化人達との繋がりを、結構な数ひっそりと持っている女性です。



が、そういう話をする時は、まるで何かのついでの様です(笑)



一流の編集者の方が遠くから職場に、ひっそりと彼女の名前を出して

ファンなんですと探しに来られた話も聴きましたし、

憧れの作家の方の運転手をして地元観光した話では流石にうれしそうでした。




遠くに住む看護師の友だちに、講演会や本などで知って同じ医療者として

成熟した人間として、感服しているドクターがいます。

「あのドクターの下で働けたら死んでもいい。」

と看護師の友だちが言ったことがあります。



で、そのドクターの下で、今、

文芸枠の友だちは、長く秘書的&その診療所のドンとして

働いています。(看護師の友だちは、それ色んな意味で

ほんとに凄いことだと言いました。)



って、

それが標題の、「パラレルワールド」と何の関係があるのさ?って

そろそろ思われそうですね(笑)



いや、自分としては、

「あれは何か、彼女と関係があって起こったことなのではないか?」と

思っているので、書いてみた次第です。



では、本題に移ります。



パラレルワールドって、もう最近は、不思議世界の話題や

小説やアニメや映画でもよく話題に出ることですよね。

話によると、もう物理の世界でもあり得るとも聞いたことがあります。



私は、

平行世界かぁ

きっとそうなんだろうなぁ~、いや、頭では分かるけどなぁ~

でも自分で実際に体験しないことにはなぁ~

(自分で実感が持てないことには、基本まったく無関心です。)



よく過去世・前世言われることがあります。

あれも実は過去に戻っているのではなく、

今、ここに、全ては存在しており、

そこへ今の自分の意識を平行移動して(虫眼鏡の様にフォーカスして)

体験するだけだ、って話も聞きます。



に、しても、特に関心はありませんでした。

パラレルワールドって言葉の響きに、大勢の人の無数のロマンが掻き立てられる

のは充分理解できます。

喚起されるもの、言葉のイメージにも、何か広大なロマンも

ありますよね。




って、無関心だったのですが、

そうも言っていられない出来事がありました。




ある日、前述した友だちのマンションに遊びに行き、そのままだべって

泊まらせてもらいました。



おやすみを言って、彼女が自分の部屋へ引き上げました。

あてがわれた部屋の暗闇で、灯りを消してそのまま布団で寝ようかと思いましたが、

寝る前に、ちょっと瞑想をしました。(普段はさぼっている)




ある程度のところで、ふと

「ん?????」



何か気配?というか、圧?というか??で、

視線を目の前に移しました。



え?

え?

目の前に、何か、どーん!!したものが・・・ある???



はい?

さっきまで、部屋にあったのは、布団と枕元ライトだけでしたが!?!?




目をこらし、前のめりになってよく見ると、そのものは


箱!?


縦長で、サイズはちょっとだけ小さめの記念碑くらい??




と、そこで、友だちが部屋から出て来て、廊下からトイレに行った音がしました。



一瞬、

ちょっとー!!!って彼女を呼ぼうかと思いましたが、

もし彼女にそれが見えなかったら絶対に気持ち悪がられるなー

と思い、踏み留まりました。

あと、続きが見たい気持ちもありました。




「寒くない?大丈夫?」友だちが外から声を掛けてくれましたが、

箱を見ながら「うん、だいじょうぶーーーー」

(ある意味全然大丈夫ではないのだが汗)

と答えていました。



「寒かったら、押し入れから何でも出して使ってねー」

「ありがとー」




彼女が去った後、もう一度、その箱を見、

さて、どうする??

どうやらこれは、消えない様だ。

落ち着こう、落ち着け。



そうだ、何事もまず「観察」。

客観的によく観察すれば、何事だって解決の糸口は見えるもの。



そこで、落ち着きを取り戻し、目をこらして箱を観察しました。




すると、


ん???




どうも、箱の表面の中で、何かがちょこまか動いています。

なんか、細胞膜?的に沢山の枠があり、そしてそのそれぞれの中で

何かが動いている様子でした。




えっとー汗、何が?何が?動いてんの???????

目を凝らして見ました。



と、驚愕したことに、

なんと、その一つ一つは、まるで

沢山のモニターの様でした!!

後ずさりしました。



その瞬間、そのものの全体構造を理解しました。



いわゆる、

テレビ局やNASAや空港の管制官などにある、ディレクターがそこから

全体に指示を出すモニター、



その種のものなんだ!!!きっとこれ。



しかし、それぞれのモニターは、決して機械の様に無機質ではなく、

どちらかと言うと、細胞膜の様に有機的な感触で見えました。



沢山の細胞膜?モニター?が

それぞれの中が、ちょこまか動いています。



試しに一つの細胞膜?モニターに注視して、よく見てみることにしました。


すると、


私が注視したモニターには、どうやら人が動くのが写っている様子でした。



ドン引きです汗。人だった・・・。

って、誰!?!?



見つめていると、どうやら彼は貧乏なお百姓さんで、農業に奮闘している様です。

怒ったり、誰かとトラブったりもしています(笑)

小さな枠の中でちょこまか動く彼は、正直可愛いです。



って、何なのこれは。ドラマ????



他の細胞膜?モニター?にも目を凝らしてみます。



何だか、微かにですが、集中すると音声も聴こえてくる様子・・・汗。

いや、充分いっぱいいっぱいなので、そこまでは止めとこう。



ありゃ、こっちは何、

日常着的なドレスの女の人が動いてるんだけど・・・。

あんまりお金持ちではなさそうな・・・

って、日常???どこ??ヨーロッパ????



そこで、流石の私もハッと気が付きました。



これは・・・・・


もしや・・・


私???(お百姓さんも???)


と、言うことは・・・・




「パラレルワールド??」


(現在進行中の、私の・・・・・。)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




手に負えない。


どうするか・・・・。



ん?そうだ(喜)、
明日は早いんだった!!

寝よう!!寝よう!!訳わからんから、

ええい!このまま寝てしまえぃ!!!

そうだ、そうしよう!!!



そして、未だ箱の圧を感じながらも、布団をかぶり、

色々考えることも全て止めると、

仕事の疲れもあってか、いつの間にかぐっすり眠っていました。

よかった。



翌朝、友だちに美味しい朝ごはんを出してもらいつつ、

家でもインドでも、起こったことがないことが、

どうしてこの友だちの部屋では起こったのか?と

友だちの顔を見ながら考えていました。未だに謎は分かりません。

(もしかして、安心感、安全な場所感、かなぁ????)



それにしても、何故、どうして、あんなものを見せられたのか???



私には自力で時空を超えるとかの能力は全くないので、

今では私にとって「パラレルワールド」というのは

有機的な細胞膜、という実感があるだけで、未だに謎です。

以上、長くなりました。

読んで下さった方、おられましたら、ありがとうございます。

また書きますね。


とんびオレンジ

福祉の仕事・(インド占星術)

こんにちは。色々と目に見えない世界のことばっかり書いて来たので、

地に足を着けるバランスで(笑)今日は自分の仕事について書いてみたいと思います。

福祉の仕事が長いです。



一番長いのは、知的・身体・精神障がい者の大人の方対象の施設で2か所、

生活指導員、支援員で合計21年半、でしょうか。



その後、高齢者・精神障害者の方対象の居宅への

訪問介護員・ホームヘルパーで8年、



その訪問介護とのWワークで同時期に、知的障がい・各種障がいの

児童対象で2年半、今も放課後等児童ディサービスでも働いています。



所持資格としては介護福祉士と保育士です。

(地味な資格ですが、これでも2つとも国家資格です・・・)


仕事上の必要性で、産業カウンセラーを講座に夜通って勉強して、試験には通りました。

社会福祉「主事」という、福祉の最低限の資格も持っています・・・。



福祉の勉強・・・難しくて、正直いつも苦手です・・・いつも唸っていました。

理念とか技術はいいのですが、福祉の歴史とか福祉制度とか福祉の法律とか、

つまり・・・頭使うのが・・・。



ところでまた書きたい分野ですが、皆さんはインド占星術をご存じでしょうか。



日本での占いの地位は相当低いですが、インド・チベットでは古代から
真面目に占星術は立派な科学と考えられており、

大学に暦科とかもあると聞きました。

インド占星術を学ぶのは、現代でも社会のいわゆるエリート層?が多いとか。



現に私がアーユルヴェーダのインドハーブを学んだインド人の先生は、

インド医学の最高峰と言われている大学で

総長とか大学院長とかをされていた立派な方でしたが、


お家は代々インド占星術の使い手だったそうです。

(先生のおじいさまは王様・マハラジャ付の軍師?

魔術師?みたいな扱いで、

夜中にお城からお迎えが来ていた、とかな方だったとか。

正直このお話にはアーユルヴェーダより興奮しました!!(笑))



って、話が逸れましたが・・・



前に都会の福祉施設を退職して、スペインのサンチャゴ巡礼に行ったお話しを少し書きましたが、


その後はもう都会に戻ることはせず、地元に戻りました。


その時、このまま次に、国家資格の社会福祉士の資格勉強を始めるか、

それとも違う道に行くか、分からなくなりました。


で、ムリをしても仕方ない、これは

本来の自分の星図を見てもらおう、

そうしたら自分にとってはスムーズな道が分かるだろう・・・

と思いました。


なので、当時独学していた、インド占星術のプロに見てもらうことにしました。

しかしなかなかピンとくる方を見つけられませんでした。



やっと見つけた方は、ハワイ在住のアメリカ人の方でした。

インド占星術の大家のお弟子さん?のもよう。

(って、一番よかったのは、日本人の工学博士が通訳でおられたから

でした(笑))

確かネット電話みたいなので見てもらった気がします。

とにかく沢山の図や言葉が書かれた紙を見ながら、占星術師さんの声を聴きました。



色々言われましたが衝撃だったのが、



「貴女は人生で、神にしか興味がないでしょう。」



と言われたことでした。お口あんぐりでした。



インド占星術では、自分を表すアセンダントと言われる部屋の大家みたいな星が

何室に行ってるのか、で、その方の人生の大黒柱の大テーマが何なのかが

分かるようなのです。総括的に見ても、私の場合はそういう感じみたいでした。



大テーマはそうなのかもしれませんが、自分が困っているのは

今、社会福祉士を取るのか、だったのでそっちを

具体的に教えてほしく聞きました。



すると、その柔和なハワイの方は、急に呆れた様に、


「ノー。福祉は貴女に全然向いてない。」


と言ったのです。



は?と思いました。(カチンと来たと言ってもいいかも・・・)



その時点で、汗と涙の9年半を障害者施設で体当たり全力で働いて来て、

その言われ草は何なの、と。



「あなたに向いているのは・・・癒し業です。」



癒し業・・・って???



「人を癒す仕事です。」



・・・・・。(自分が受けるのは好きです。)



という訳で、また福祉で働き始めました。



自分の星図には、自分を表す部屋に海王星というファンタジーな星がいました。

西洋ホロスコープでもそうでした。(インド占星術のホロにはうっすらと書いてありました)



私は福祉の資格勉強や書類が本当にいつも辛かったので、

占星術師さんの言うことは全く聞かないくせに、海王星を自分が勉強しない言い訳に

使うことにしました。ただのコラなんですが・・・。



いや、真面目な話、目に見えない世界が大好きなのですが、

海王星の様な星が自分の部屋にあるファンタジーな人間が、

実社会でも夢の世界にだけ始終住まずにやれて来れたのは、

圧倒的に人間のリアル劇場に体当たりせざるを得なかった、福祉の仕事のおかげ

じゃないかと思っています。



これほどのへなちょこ人間が人間のリアルと希望を学べたのも、福祉の現場のおかげだし。



辛いことも多かったですが、利用者さん達の生き方から、ほんとに人間の持つ

頭の下がる底力を

学ばせていただけたことの方が、圧倒的に心に鮮明に残っています。



本当に神にしか興味がないのなら、具体性を持っていた方が私の様なお粗末な段階の人間には

よかったのかも、でしょうね・・・。



と、いう訳で、今日も仕事に行って来ます汗。



見て下さった方おられましたら、ありがとうございます。

また書きますね。


とんびオレンジ

亡くなった方との交流

こんにちは。今日は亡くなった方との交流も書いてみたいと思います。



私には何の能力もありませんが、学者達と共にヘミシンクを作ったロバート・モンローさん

(米国モンロー研究所の創立者)の人類への貢献のおかげで、

どんな人でも練習次第で、亡くなった方との交流も可能になっています。



が、

もったいないことに、そんな大事なことも、

そこはあんまり強調されていないと言うか、広くは知られていない気もします。



ヘミシンクをよく使っておられる方は、そんなこと当たり前過ぎて、もはや

意識してない・・・それよりも・・・という方も多いかもしれません。

もしくは、ヘミシンクで亡くなった方と実は既に交流しているのに、

気付かなかったり、まさかそんなはずは・・ただの自分の空想だろ、と、

自分で否定して、即無かったことにされてるとか・・。



自分の体験をどう捉えるかはまったくもって各人の自由なので、

そこは他人がどうこう言わなくてもいいと思いますので、

今日は私の体験を記録から書いてみようと思います。



そんなの、この人の空想だろ!ただの願望だろう!

と思われたら全然それで構いません。その場合はきっとこの人の空想・

ファンタジーだろと思っていただけたらそれで充分です。




以下・記録より

フォーカス15へ行きました。

すぐそばに、トムがいます。(当時よくいた、時期で入れ替わりのガイドの外国人の一人)

(メインガイドは常駐のステファーノですが・・)



いつもの、今自分が会うべき亡くなった方のところへすぐ行けるドアを

トムと共に開けます。



目をこらすと、おばあさんが一人でうずくまって、すすり泣いていました。

まさか???

さっきC1(現実世界)で母と祖母の思い出話をしていたところでした。

祖母がいつも着ていた、見慣れたかっぽう着で、やはり私の祖母だと判りました。

途端に、実はずっと気になっていたことを思い出しました。




子供の頃、祖母がガンで亡くなる前の段階で病室で会わされました。

病室のガリガリに痩せて肌が黒い怖い人を、おばあちゃんだよと言われ

前に病室に連れて来てもらった時のおばあちゃんとも、

自分の知っているおばあちゃんとも全く違い過ぎ、すぐに言われたことが

信じられませんでした。



また徐々にそうなのかも?とは思えても、目の前の姿が衝撃過ぎて

なんでこんな姿に?と悲しすぎて、すっかり無口で固まっていました。

祖母は笑顔?で、「よう来たなぁ、ありがとね。これ食べる?」と、

震える手でバナナを渡して来ました。



その手は黒くて、手首が細すぎて、子供の私も

震える気持ちでバナナを受け取りましたが、

何も言えず、きっと顔はかなり引きつっていたと思います。



途端に、ヘミシンクをしている自分の目から、涙がどっと溢れて来ました。

私は祖母に向かって、土下座をしていました。



病院で寂しかったろうに、孫(私)に会いたかったろうに、

あの時何も言えずに、ほんとうにごめんなさいと

何度も泣いて謝っていました。

そして泣きながらガイドのトムに、すぐにフォーカス27

に、祖母を連れて行ってほしいとお願いしました。

(人生では実は自分一人ではなく、見えない世界にいるその人の

複数のガイドスタッフらが、まるでF1のチームの様に待機して

いる様です。

ただし基本、本人の選択を最大限に尊重する姿勢で。笑)

亡くなったらチーム反省会のあるフォーカス27に、

祖母はまだ行けていない様子でした。

(私はフォーカス27には「ゴーイングホーム」という

ヘミシンクCDでよく勝手に行っていました。)



(ちなみに、まだフォーカス27に辿り着けていない方を

安全に27に連れて行くボランティア活動を、

ヘミシンク分野では

救出活動、とか、レトリーバル、とか言い、

世界中で人知れず、その活動にいそしんでいる方々が

おられます。)

(私はただのイチヘミシンクユーザーなので、詳しくは

日本にもおられる、モンロー研究所のトレーナーさんに

お聞き下さい。)




トムは迅速に反応し、3人でしっかりと手を繋いで

時空を飛び、無事にフォーカス27に

到着出来ました。



すると、たぶん祖母のお母さんでしょうか。迎えに現れました。

祖母は子供の様に大喜びしていました。



お母さんと去る前、祖母は、

「お前はあれから、色々辛い目に遭ってきたけど、

一人で耐えて来たんだね。

寿命が尽きる日まで、頑張って。

その時は、迎えに来るから。」

と言われました。

ヘミシンクしながら泣きました。




その後いつもの様に、フォーカス27でエネルギーのシャワーを浴びた後、

トムと共にフォーカス15へ戻りました。

再度また、トムと共にドアを開けました。



やはり。今度は祖父がいました。明治生まれの、頑固な祖父でした。

いつもの果樹園で働いていて、まったくこちらには気づいていません。



声を掛け、何故か祖父にも謝っていました。

また泣いて土下座していました。

未熟な子どもだったため、祖父母の素晴らしさがまったく分かっていず、

反発したり、生意気なことばかり言ってたことを謝りました。



今では祖父がどんなに立派な果樹園主だったか、

自然界と共に一生を生きた人だったか分かります。



トムが「おじいさん、新しい花の交配のための機械があるんですが、

今3人でそれを見に行きませんか?」と祖父に声を掛けました。

祖父をすぐにフォーカス27へ連れて行くつもりです。



しかし祖父はまったく興味なく、相手にしませんでした。

頑固な人なのです。



ところで、生前祖父は最後の旅行だろうと言って、

叔母たちにオーストラリア旅行に連れて行かれたのですが、

感想を聴くと、スェーデンの人々と知り合う機会があり、

その時に、「こんな立派な体格の人たちがいる国なら、

行ってみたいな」

とは思った、と答えたことがありました。



と、ふと振り返り見ると、なんとそこに気さくな感じの、

立派な体格の、スェーデンの女性がいるのです。(笑)

トムが変身したもよう。

(ガイドたちは流石、非物質界の住人、必要とされる状況に合わせて

いつも変幻自在です(笑))



「こんにちは。私はスェーデンから来ました。

農作業もお疲れでしょう。

ちょっとお茶でもされて、あっちで

3人で休んで行かれませんか?

あそこに私のトラクターがあります。」

と、女性トムは笑顔で言いました。

私も熱心に祖父を誘いました。



祖父は驚きつつも、好奇心のある様子で、

素直にそのカッコいいトラクターに

一緒に乗りました。

女性トムと目くばせしました(笑)



長い長い橋を越え、無事3人でトラクターに乗ったまま

フォーカス27に到着しました。

どうやら祖父の両親が迎えに来ているようでした。

祖父は大喜びしていました。

トムと、静かに見送りました。




以上、記録が自分に分かるような書き方なので、色んなことが

省いてありますが、まとめるとこんな感じでした。



亡くなった方との交流は、身内だけとは限りませんが、

今日は書いてみました。



ご興味ない・信じられないよという方は

この人のファンタジー話読んじゃった、と思っていただけたら

幸いです。




読んで下さった方おられましたら、ありがとうございました。

とんびオレンジ

インド・聖者のアシュラム

こんにちは。

ブログって一体何を書けばいいのかな?と思い巡らせ、

一つ一つ深掘りするのは後にして、とりあえずカテゴリーを広げて行こう

と思いました。



と言うことで、今日は若い頃、インドのアシュラムに行った体験を少し書いてみようと

思います。(ちなみに私は無宗教です。)




アーユルヴェーダの集まりなどでは、

「こないだ瞑想しにインドの聖者のアシュラムに3カ月居た~」

とか、「ヨガの勉強のために、アシュラムに9カ月いた~」と、

こともなげに笑われる方に時々お会いします。

(そのそもアーユルヴェーダ自体がインド発祥のものなので、

当たり前と言えば当たり前か・・・)



そうか~今はインドのアシュラムに行くのは

何も特に珍しいことではないんだなーと、感慨深いですが、

私の場合、そんな立派な志の皆さんとは全く違った経緯でした。




若い頃、初の大失恋をしました。

6年間付き合った男性に振られました。

少し後に、彼は他の女性と結婚しました。

友だちにも「まずいんじゃないか?」と心配されたくらい

落ち込みました。食欲もなく痩せ、毎日が辛かったです。



ご経験がおありな方も結構おられると思いますが、完全に無気力な状態で

しかし、このままでは自分が〇んでしまう!という危機感もありました。

早急に何かいつもとは全く違うことをしなければ、自分がまずい気がする・・・といった、

ぼんやりとどこかで焦りも持ちました。



そこで、中学生の頃、文通相手が教えてくれてから、どこか好きで読んでいた本の

インドの聖者に直接会おう!

と、いきなり無謀なことを思い付きました(笑)



今それくらいのことをしなければ、自分はたぶん今後長く立ち直れない、と

感じたのと、

その案を唐突に思い付いた時、かすかに久しぶりに幸せを感じたからでした。



もしもそんな幸せなことが自分に出来たら、

この苦しみにも意味や価値があったと思える日がいつか来るのかもしれない・・

とも薄っすらと思いました。

基本アホなので、動機はそれで充分でした。




しかし海外はその頃、韓国に行ったことがあるくらいで、

流石に若い女性のインド一人旅は自信がありませんでした。

なので、そのアシュラムへ2週間行くフリープラン(行き戻りだけ引率)

に申し込み、お金を払い込み、

やっとかすかに前方に希望が見えた気がしました。




ところがです。

その旅行会社から電話があり、

「残念ながらあの聖者が、先日に亡くなりました。キャンセルされますか?」

と言われました。

衝撃で、頭が真っ白になりました。

あの聖者が亡くなった???



どっと涙が出て来ました。

中学・高校とあの聖者の本を読んで、どこか深いところで支えられて来た自分に

戻っていました。亡くなったなんて、信じられない・・・・。



それに、今??何故このタイミングで???

一瞬迷いましたが、

もしこれも無しになったら、自分が再び元の暗闇にもどるのが

目に見えたので、

「いえ、行きます!」

と、はっきり答えていました(笑)。



そういう訳で、二重の喪失感を抱えつつ、それでも

2月に、インドの聖者のアシュラムを目指しました。




飛行機の中では、色々な想いがこみ上げていました。



インド到着後、列車に乗りながら車窓からの広大な自然の光景に

すっかり釘付けになり、心を奪われていました。

自分が急に、生き生きと甦る感覚がありました。

大失恋のことは忘れていました(笑)



アシュラム近くの地方のこじんまりとしたホテルに到着した時は、

床や壁が大理石だったので、びっくりしました。



私は当時も貧乏だったので、自分がまさかそんなホテルに泊まれるとは

思っていず、相部屋の初対面の女性と一緒に驚いていました。




相部屋の女性は、とても美しい若い女性で、明るく、

アルバイトをしながら演劇を目指し、時々新劇時代劇の端役に使われている方、

とのことでした。すぐに仲良く出来、二人でワクワクしていました。




初めてアシュラムに行った時、驚いたことに、外国の方々が沢山いました。

(当たり前か・・・)日本人はあまり見掛けませんでした。

生きた孔雀が目の前をのんびりと歩いています。現実味がありませんでした。



それより何より、時々知らない外国の方に満面の笑みで

気さくに声を掛けられました。びっくりしました。



しかも、私を見てめちゃめちゃ嬉しそうに、

「ヘーイ!〇〇じゃない!?ワーォ、めっちゃ久しぶり!!

何世紀ぶり!?あれからどうしてた!?

あれから、いつ、どんな国に生まれてたの!?

〇〇とはどっかで出会った??懐かしいわねぇええ。」

と言う女性がいるのです(爆)

下手すると嬉しさで、いきなりハグしそうな勢いでした。



びっくりして完全に固まっていると、その方の親切な連れの方が

「おい、彼女びっくりしてるじゃないか、もしかして君が分からないんじゃ

ないか」

と、慌てて言って下さったのです。



女性は驚いて、「そうなの?〇〇。まさか・・・」と、私に尋ねました。

ほっとして、しきりに頷くと、彼女は急に改まって謝り、

「ごめんなさい。あなたを見て、ほんとに懐かしくなって・・・」

と、バツの悪い様な、困った顔をされました。



「いえ、あの・・・つまり・・えっと・・・どういうことでしょうか?」

「彼女は過去の人生であなたのことを見かけて知っていたので、

うれしくて、ついいきなり話しかけてしまったようです。

すみません、そんなの突拍子もないことですよね。」と、お連れの方が。



「そうなんですか・・・ごめんなさい、私には何も分かりません。

まだ?何も思い出せません。」

とやっと言いましたら、その女性は

「そうなんだ・・・〇〇・・」

と私を見て、とても気の毒そうな寂しそうな顔になりました。



なんか申し訳なかったです。

彼女は普通に再度謝ると、寂しそうにその場を去って行きました。



この時、本でしか読んだことのなかった「過去の人生の存在」をいうものを

少し生でも意識しました。が、咄嗟には、とにかく驚いた、しかなかったです(笑)




以上、
インドの聖者のアシュラムに行った時の、とっかかりのお話しでした。



また書きますね。

読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。

とんびオレンジ