見えない世界と親しむ

色んな形で見えない世界と楽しむ

インド・聖者のアシュラムで②

こんにちは。


インドのアシュラムでの話の続きを、書いてないことがずっと気になっていたので、


今日は書いてみようと思います。


大失恋の後でしたが、インドへ入った段階でもう全身の細胞が甦ったように


相当元気になっていました。


ましてや昔、何かに行き詰まる度ひそかに本を読んでは、


どこかで心の支えとしていたインドの聖者のアシュラムだったので、


(何故か私が行く直前に亡くなってお会い出来なかった、とは言え)


何だか常に自分がそこにいられることがうれし過ぎて、見るもの


聞くものが全て弾けて新鮮でした。


あと、上手く言えない感覚なのですが、何だろう、そこにいるだけで


呼吸をしているだけで、身体に沁み渡って来る快さ?


というか気持ちよさ、みたいなものが常にアシュラムの空間にはあって、


これがやはり「生きた聖者が長年いた場所」と普通の場所の


決定的な違いなんだろうなぁ・・とよく感じていました。


そこを出たり、ホテルに戻ったりすると、やはり体感も意識も全然違う。


あと、今では瞑想もだいぶ市民権を得て来ましたが、


当時日本でボランティアしていた(ノーベル平和賞を受けたNGO)機関の仲間に


インドのアシュラムに行くと言っただけで、コテンパンに全否定された私(笑)


でも、まず各人がそれぞれ内面に入って行こうとすることが、


ひいては平和の基礎にもなるのでは??とも思っていました。



そんな私が生まれて初めて、


人々がいつでもどこででも「自由に瞑想している」景色をナマで見ました(笑)


ここでは緑の横の石のベンチでも、池の周りでも、大きなホールでも、


当たり前の様に皆が瞑想していてびっくりしました。 ←それがアシュラム(笑)


人の目を気にしている人は誰一人いませんでした。


近隣のカフェにいてさえ、急にカップを置いて瞑想に入る人さえいました。


インドだからかもしれませんが、それをとがめる人も誰もいませんでした。



ああいう光景をナマで目で見るのは、結構


当時の私にとっては衝撃的な景色でした。


「皆が当たり前の様に自分の内面に入ってる・・・いつだって、どこだって。


こんなことって、あり得るんだ・・・。


世界は広くて、ほんとに何だってあるんだな・・」


と、ぼんやり思ったのを覚えています。


自分も内心ドキドキしつつ、大きめのホールで初めて瞑想に入ってみると、


すぐに静かで平和な気持ちになりました。気付くと1時間たってた、なんてことも。


(それに孔雀!!一緒にベンチに座ったり。


なんであんなにのんびりと、どこでも平気で歩いて翼広げてるの!?(笑))


アシュラム内での食事はセルフで、菜食メインのバイキング形式でした。


何を食べても美味しかったです。



ある日事務局の人から、亡くなった聖者と縁を結ぶ儀式?の様なものがあるけど


受けるか?と聞かれました。


せっかくはるばるとインドまで来たのだから「受けます!!」と言いました。


ホテルで相部屋の若い女性、Pさんも受けるとのこと。


当日、大勢の各国の人がいました。


大真面目で緊張している人、今も瞑想している人、


親子でうれしそうに抱き合っている人、花を手に見学している人たち


ヒッピーみたいに自由に踊ってる人、色んな人が自由にいましたが、


自分の番が近づくと、皆が子どもの様に


結構キョロキョロ、もじもじしているのが分かりました(笑)


全体的に大らかで、のびのびした雰囲気の儀式でしたが、


なんと私は自分の番に来た時ですね・・・


急に


大爆笑してしまったんです!!


まるで誰かがずっと、私のお腹や背中をこちょこちょしている様でした。


小学生低学年男児並みの、のぼせハイテンションでそれに


腹を抱えて涙を流して大笑いしてしまったんです!!床まで叩いて。


止めようとしても全然止まりませんでした。


なのに何故かあそこでは、その場の大勢が


私と一緒に何度も大爆笑してくれ、肩を抱いたり笑い過ぎて涙で、


手に持った花々を私に投げてくれる人たちまでいました!!!


Pさんとも笑ってハグしました。


まったくもって自由な感じで、私の番は終わりました。


私はたま~にお酒を飲むと笑い上戸で


思い出してみると、あの時の本人の気持ちとしては、


自分の様な人間がこんな儀式を受けているということを


突然まるで



「宇宙の大ジョーク」



の様に、心底ユーモラスに感じてしまった様でした。


(基本はおめでたい&うれし過ぎたのでしょうが・・・汗)


幸いなことに皆誰一人、あそこでは


気にしていませんでした。(すぐまた静かに瞑想に入る人


感動して故郷のオペラを歌い出す人、大泣きする人


誰彼かまわずハグする人、その場で踊り出す人、


色んな人が自由に結構いたので・・・汗)




その時、受けた全員が紙をもらいました。


何だろう?と開いてみると、私の名前と、もう一つ何かがサンスクリット語で


書いてあります。


周りの人に訊いてみると、それはここの聖者にもらった貴方の名前です、


ということでした。でも聖者は亡くなりましたよね?と訊くと


その聖者が生前から、


自分の死後も通り道になると約束した霊媒(ミディアム)がおり


彼女を通して、一人づつの写真を前にして


各人の名前をもらった、とのことでした。


そう聞いて改めて自分の紙を見てみると, 


「 瞑想の光 」と書いてありました。ポカンとしました。



瞑想の・・・・ 光?


自分の名前が???これ、他の誰かのと間違えてない???


瞑想の???
????


すっかり頭が空白になりましたが、その儀式を受けた人は今から


聖者の遺灰がある部屋に入らせてもらえる、ということで


慌てて皆について行きました。


聖者のお写真と、遺灰の入っている壺?があり、とても静謐な空気でした。


気持ち良いどころの騒ぎじゃない、なんだろう、宇宙空間にいるような広大さと


何故かイキイキとダイナミックな感じ、水が沁みとおる様な感じ、


また、いると意識がどんどんクリアーに冴えて来るのに


温かく、芳醇な大満足する感じ。


皆がそこで、しみじみと静かに手を合わせたり、瞑想したりし始めました。


私はあまりにも場が気持ちよかったので、


お写真を見つめて、心中でその聖者に話し掛けていました。


「生前のあなたにお会いできなくて、とても残念でしたが、


今こうしてここに居られることを、とても幸せに感じています。


ありがとうございました・・・」



と、


気が付くと誰かに優しく身体を揺さぶられていました(笑)


なんと横に倒れて気持ちよく寝ていたもよう・・汗。


よだれを拭いて慌てて外に出ました。


何だか心身が晴れやかに、スッキリしていました。



ホテルに帰ってから相部屋のPさんに「笑ってたねぇ~!!」


と言われました。見せてもらうと、


彼女の名前の紙には「愛の〇〇」と書いてありました。


なんて彼女らしい~~~~。♡愛♡♡って感じ~~~~


自分の紙を見せると、「〇〇ちゃんらしい~~~~」と言われました。


ん??そう言えば、


なんで私のは ♡愛♡ じゃないんだろうか・・・(笑)


考え込んでいると、きれいな彼女が言いました。


「ねえねえ、聞いて!とっても素敵な人に出会ったの!!


なんだか私、くたびれていたのかな?


気を失ってしまったらしくてね(後に彼女はガチの霊媒体質と判明(笑))


目が覚めると誰かが私を腕に抱いて、声を掛けてくれてたの。


薄っすら顔見たら、これがものすごいタイプの日本の男性だったのよ!(驚)


だからほんとはもう起きれたんだけど、もうしばらく


目をつぶってたわ!」と言いました。(笑)


「きゃ~~~!!どんな人!?どんな!?」と、


若い女性二人の夜のトークは盛り上がったのでした。


(まだ続く)



読んで下さった方おられましたら、ありがとうございました。


また書きますね!!


とんびオレンジ

ヘミシンクでの救出活動②(レトリーバル)昨日の続き。

こんにちは。


昨日は、次のレトを書かず、なんとなく中途半端だったので、


記録から、続きを書いてみようと思います。


(私はただのイチユーザーであるだけですので、


ヘミシンクの概要・詳細に関しては、モンロー研究所のプロが日本にも


複数おられますし、情報も各種本もありますので、そちらへご参照お願いします。)


(こんなこと信じられない・ご興味ない場合、ただのこいつのファンタジーとして


読んでいただくか、すっ飛ばして下さいね。)


2009.9.24


(続き)


1件終えたので、ガイドのステファーノとフォーカス27から


パラシュートの様にフォーカス21まで降りる。


ドア(ガイドが選んだ対象者の所へ行けるお約束ドア)を開ける。


カナダ?渓谷?森を歩くと吊り橋が壊れてぶら下がり、落ちて亡くなった人?


1875年?35歳?


世間に違和感を持ち、囚われ領域F25辺りを死後もまだ放浪している男性。


一人キャンプをしている模様。


気さくに話し掛けると、ぎょっとしていたが、それほど嫌そうでもない。


自分もこれからキャンプすること、そろそろ自分の仲間が到着することなどを話す。


(すぐ彼のスタッフ達が、結構ドヤドヤ複数入ってくる(笑))


さりげなく、「もしかして迷ってずっとここにいるのかな?


街へ戻る道筋なら、私知っていますよ?」と言ってみるが、首を振られる。


「いや、戻らない。街には何もない。」頑固な様子。


キャンプ用の服装の彼のスタッフが明るく、


「全く大自然は素晴らしいですよね!!


人間は大自然と調和して、もっと謙虚に生きるべきだ。」云々と演説をぶつと、


男性の顔が急に輝いた。(さすが彼のスタッフ(笑))


すかさず、彼のスタッフの一人が詩集を彼に手渡す。


先ほどの演説と同じ様な内容が「詩」で書いてある。(ナイス小道具)


彼の顔は更に輝いた。(ほんとは繊細な人なのかな)


それを逃さず、彼のスタッフが言う。


「この詩を書いた人や、文明に対して同じ考えの人たちが集まっている


場所があるんだ。すぐそこなんで、今からあれで皆で一緒に行ってみない?」


振り返ると、カヌーが何艘かある(準備万端)。


彼が乗り気になったので、皆でわいわい楽しく渓谷を出発。


長く大きな渓谷を皆で下る。(F22~F26)段々両側に緑が増え、


街も見えてくる。ある所で岸にカヌーを着け、皆でわいわい降りると


白い、大きな建物(F27到着)。集会場の様子。


すると、そこから男性の父親が出て来る。びっくりする男性。


「この詩集は私が書いたのだよ(涙)


お前とはずっと分かり合えなかったが、本当は私もこんな考えだったのだ。」


と父親が言う。


「そんなこと、知らなかったよ父さん!!」と男性が言い、二人はハグする。


「私の仲間達を紹介しよう。」と父親が言い、二人は喜々として奥へ入って行く。


キャンプ姿の彼のスタッフ達に笑顔で御礼を言われ、ウィンクされる。


浄化のシャワー(光の?)を浴びに行く。(レトはまだもう1件あるらしい(笑))




自分のメインガイドのステファーノに言われる。


「あなたの仲間は、あなたが自分の狭い枠を外せば、


世の中には潜在的に沢山いますよ。(私が寂しそうにしていたのかな?)


見えていないだけ。今、あなたはとても狭い、限られた物質界しか見ていない。


我々から見ると、よく見当違いの所しか見ていず、


しばしば孤独感も感じていますね?


実はこの世の中には、あなたの仲間は潜在的に沢山いるし、


あなた以上の力量を持った仲間も、沢山沢山存在しています。


孤独なんかじゃない。


今はあなたは物質界のただとても狭い枠に、


意識が囚われてれ過ぎているだけです。


ただそこに過剰に、はまり込んでいるだけ。


諦めず、少しづつ色んな面での理解を得て、徐々にその狭さが取れて来たら、


ぱああああっと視界が晴れて来て、色々と広く見えて来ると思います。」


「でも、あなたの ( I There )の皆は、いつもレトリーバルしてくれて、


あなたに本当に感謝しています。ありがとう。」


とステファーノに言われ、ハグする。


( I Thereについては、もしかしたら今後ロバート・モンローさん等の著書を


読まれる方のお楽しみを奪うので書きませんが、どんな人にも


F35に存在する、その人の「ホーム」みたいな集合体。


F35で実際に見て来た人は、よくその外見をドーム球場の様な


「巨大なざるだった」とか、


「巨大なかご」とか「巨大な編み目」のようだった、などとも表現されます。


人によって、色々と形の認識は違うようです。)


(ヒーリングの途中などに、よく遠くからかすかに会場??からの大歓声


の様なものが聞こえることがあるけれど、きっとあれは巨大ドームの


自分の I There からの応援なんだろうなーと、ぼんやり感じています(笑))


メインガイドのステファーノからのアドバイスを受けた後、


一緒にまたF21へ戻る。もう一件レトする前に、


ステファーノがちょっと手早くヒーリングしてくれる模様。


金色の光にばっと包まれたり、振動に揺さぶられたり、


全身。何だか宇宙ぽい。肩や右手をお願いする。


次のレトは亡くなった従兄だった。亡くなったおじさんに感謝されて終わる。


以上、いつも突飛な話ですが、


昨日のレトリーバルの続きを書いてみました。




読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

ヘミシンクでの救出活動 (レトリーバル)

こんにちは。


今日は、めっちゃ突飛な話かもしれませんが、


自分の「ヘミシンクでの救出活動」を記録を見ながら


一つ書いてみたいと思います。



(私はただのイチ・ヘミシンクユーザー、ってだけなので、


誰でも練習次第で出来るヘミシンクの概要については、


創始者の故ロバート・モンローさんの著書「魂の体外旅行」「究極の旅」はもちろん、


世の中に、各種本や情報・プロの方の講座やら、沢山あると思いますので、


ご興味ある方はそちらをご覧下さい~~。救出活動についても


情報は種々あると思います。)


(そんな話全く信じられない・興味ないわ~、って方は、ただのこいつの


めでたいファンタジーとして読んでいただくか、すっ飛ばして下さい~~)





「ヘミ聴いてもただひたすら寝るだけで、何の体験も出来ない~~」


とは、友だちなどにも聞く話です。で、皆ちょっとやって、やめてメルカリに売りに出す感じ?


が、ヘミで寝てばっかりも意味がある様で、それって


実はパソコンみたいに自分を「最適化(有機的にですが)」している期間の様です。


自分の無意識を掃除したり、整理したり。


この、一見は不作の時期を乗り越えるための対策本も、モンロー研究所のトレーナーさんが書かれていますね。


確かこの方も、2年くらい寝てばかりで不作だったのが、諦めずにいたら視界が開けたとか。



(「諦めない!ヘミシンク」芝根秀和・著、ハート出版)



ほんとは誰でも「練習次第」の、ヘミシンク。動機は人それぞれなのですが、


(見えない世界を探索、亡くなった方に会う、宇宙旅行、体外離脱etc)


「救出活動」に興味を抱く層が一定数おられるみたいで、


私もそれです。


(たまに、お金がないから行けない世界の聖地や古代の時代とかに、


ヘミで訪れてみたりもします。観光?)


(ヘミの実社会での実用については


英国空軍で軍務に就いた後、オックスフォード大を出られた学者さんが


多数の例を挙げて書かれた本もありますね。


「全脳革命」ロナルド・ラッセル著、ハート出版)





ロバート・モンローさんの体系の中では


死後フォーカス21(日本では三途の川)から素直にガイドに導かれてF27に行って


自分のスタッフ達と今回の人生の反省会をするらしいです。


自分が関わった相手〈人間以外も〉側から見る・感じる自分の姿を


全て再上映会らしい汗。←それ以上の反省会ってあるのか(笑)


ただ、スタッフ達に「責める」等の意図はなく、


今回の人生で「本人が自分で決めて物質世界に学びに降りたテーマの


達成加減・(他の存在への貸し借り等も)」などを


スタッフと一緒に振り返り、味わう、様です。


で、


&次の行動(それらを踏まえて、今度はじゃあ、どんな時代に・過去未来・どこの国で、何を学びに降りるかとか、


今度はスタッフ内でガイド役になるとか、違う惑星で学ぶわなどの選択)


を自分で決めたり、疲れ過ぎてる場合は回復するまで休むなど


色々しないといけないのに(フォーカス27で。)まだ着いてない人がいる。


何故かと言うと、


途中のフォーカス22~26辺りの囚われ領域に自分から


住んでしまって(F22辺りの食欲・性欲・など色んな欲の世界からの~~


自分独自のこだわりの世界まで~に自分から囚われてたり、


生前と同じ生活様式を真似て暮らしてたり、死んだ場面にずっと囚われてたりなど)


そういう人達(何世紀もそこにいたり)を、


自分のガイドやその人のスタッフと共に何とかかんとか言って上手く


そこから連れ出して(笑)フォーカス27に連れて戻るボランティア、


がレトリーバルの様です。




「そんなの、生きた人間がなんでするの?」


と思われる方おられると思うのですが、


そこがですね、


死後の人って、自分よりも周波数?が高い対象って霞の様で


なかなか見えない・意識に上らない・結果スルーしてるらしく、


いくらフォーカス27の自分のスタッフが迎えに来てああだこうだ


耳元で大声で言っても、あんまり気付かない、何も見えも聞こえもしない様です。


そこがF27から来たスタッフの人達の悩みどころらしく。




そこで、周波数がまだはるかに重い、まだ今も物質界に生きてる人間が


珍しくボランティアで行くと、


囚われてる皆さん全員にもれなく、こっちの声かけや姿などが


はっきり見える聞こえるらしいです、これがまた見事に。(笑)


(F21辺りでは、私の姿が見えたのか


「あれぇ~??」などの声がはっきり聞こえたりします(笑))


ボラ増えたらいいなぁ~~~


←いやそれどころか、普通ヘミを知らんのでは。


上級ヘミラーさん達は、いっぺんに列車丸ごとF27に連れて上がったり豪快にされますので


心強いですね。(笑)




「でも、そんなボランティアって、一体なんでやんの?」


って思われるかもですが、私のやる理由としては



・それぞれが唯一無二のユニークな体験で、味わい深い。


・やるほど「見えない世界」での視界がはっきりする。


・やるほど「見えない世界」での経験値・スキル?が上がる。


・ほんとに稀少ボランティアなので、その人のスタッフ達にめっちゃ感謝される。


・(私の場合は)ご褒美に、フォーカス27でガイド達にヒーリング等をしてもらえる。


(件数こなすのがメインの時は、自分で光のシャワー浴びといてとガイドに言われる(笑))


・ 自分のガイド達と一緒のチームワークを味わえる、彼らと親しめる機会。


・ やるほど自分の浄化や学びも進む。


・ やるほど現実世界での自分も急に軽くなったりする


(急に甘いものに興味がなくなる等)


等と、結構~~~いいことずくめです。仏教の方なら、功徳を積むとかも


あるかもしれませんね。



各フォーカスが身体に馴染み過ぎてて、もはやヘミシンクCDは全く要らず、


自力で正確にどこのフォーカスにも行ける人(ノンヘミ)もいます。


ノンヘミの人は、ガヤガヤいってるバーで人と飲みながら


実は一人救出活動してたりとか、もはや上級過ぎます(笑)



あと、世の中で「幽霊」って言いますよね。


私、面白いなぁと思うんですが、ヘミラーの「幽霊」の捉え方って


ただ、「レトリーバルすべき人」な様で(笑)、現れてもぎゃーぎゃー言わず、


普通にF27に連れて行ったりしてます。ロバート・モンローぽい気質の人たちみたいな(笑)



あと、誰を救出するかはどう選ぶのかっていうのは、


ガイドが選びます。何故かと言うと、対象者に難易度があるからです。


めっちゃこだわり強くて、ずっとこっちをただ敵視するだけの人とか


ヘミ初心者にはミスマッチなので、こちらの力量に合わせて


ガイドがレト対象者を選びます。こちらの力量よりちょっと難しい人の所に


連れて行かれることも多いです。トレーニングって感じも。


あと、私のガイドの場合は結構負荷を掛けて来て、


(少ないボランティアだから仕方ないのでしょう)


一回あっちの世界に行ったら、3件とかは平気で続けてやらされます(笑)





では、大昔の自分の記録からですが、めっちゃ簡単な、


素直なレトリーバルを一つ書いてみます。





2009.9.24


F21からスタート。F22辺り?


ドアを開ける。暗い。


路地に男性がうつ伏せに倒れている。アル中。


顔ははっきり見える。やけくその模様。


1856年?辺り?イギリス??。投げやりな人生だった。


(悲し過ぎるので、倒れたままらしい。)話し掛けるとぎょっとされる。


薄汚い。驚いた顔が、はっきり見える。気を引けたこの瞬間を逃さず、


後ろに控えていた彼のスタッフが、すぐに彼の顔見知りの姿に変身する。


(非物質世界の存在は、どんな姿も変幻自在(笑))


「おいっ!!〇〇聞け。どっかの偉い博士?がよ、


身体からきれいさっぱり酒を抜いてくれる水を発明してよ、


それをただで飲ませてくれる所があるんだ。


今からそこに、俺と一緒に行かないか?いいぞぉ~~~~」


男性は、久しぶりに知り合いに会えたうれしさと、警戒と疑いの表情とを同時に浮かべる。


すると、別のスタッフがパリッとした服装で、後ろからニコニコして現れる。


「私も、かつて実はひどい飲んだくれ男で周りには隠していましたが、


今はその水のおかげで今はいつも素面でいられるし、


銀行で働けていますよ」とニコニコ言う。


それを聞いて、最初は疑った様子だった男性は急に乗り気になったので、


薄汚い街を、彼らに付いて一緒にだいぶ歩く。時計塔が見える。


(ここで、彼にキョロキョロさせないのがポイント。


酒場やアル中の団体など見つけたら、突然姿が消えてF22に戻ってしまう。)


長い橋も渡った。(F22~26)


明るい建物があり、(F27に到着)、中に入って行くと、


かつての複数の仲間(変身したスタッフ達・(笑))が、


笑顔で迎える。「俺たちもその水を飲んだから


素面に戻れて元気に皆が働いてるよ!!さあ、こっちへ来いよ!!」と誘うと、


男性は素直に入って行った。(徐々に彼らが自分の人生の


スタッフだったことを思い出すんだなこれが。)(彼のスタッフさん達に


彼を連れて戻ってくれて、とても感謝された)


私は今回はそんなに働かなかったが、さっきの暗いエネルギーを流すため、


ガイドにきれいな光のシャワー的なものを自分で浴びさせてもらう。


ミントの様でとても気持ちよい。


その後、ガイド達から色々なアドバイスを受ける。


とても勉強になる。


以上、


ほんとは同じ日の、まだ次のレト記録もあるのですが、


今日は長くなりましたので、また今度。



ほんとに突飛な話だと思いますが、


もしも読んで下さった方がおられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

自分のイビキが聞こえる~~・・汗

こんにちは。


皆さんは、身近な方から体外離脱された等のお話しを聞かれたことや


もしくはご自分が体験されたこと、はありますか?


私には霊能力的なことはないので、体外離脱について自分が書ける体験は


ほんとに微量です。


が、それでもこのブログのテーマに似合った様な話題として(笑)


ちょっとは書いてみようかと思います。


私の場合の下地としては、月1回はヒーリングに行っていたこと、


フラワーエッセンスを日々飲む習慣があること、


(瞑想は怠け者で時々・・・汗)


ヘミシンクで誰に言われたわけでもないけど、


せっせと勝手にレトリーバル(救出活動)(また書きますね)


していたこと(ノート何冊分かある)などがあったのではないか?と思います。


(レトリーバルは世界中でヘミラー?ヘミシンカー?の間で日々勝手に


地味になされています。死後もモンローの体系では


自分の囚われ領域フォーカス22~26でつい暮らしちゃって


(所謂日本的な三途の川はフォーカス21)今回の人生の反省会(フォーカス27で)にまだ行けてない人を見つけて


F27に、自分のガイドやその人のスタッフと上手く連れて上がるボランティア)


(これらの話がちょっと信じられないわ~って方は、ただのこいつのファンタジーとして


お読み下さい~~!)


ヘミにご興味ある方は日本にも支所的な所もあるし、


モンロー研究所のプロのトレーナーさん達にお尋ね下さい。


(レジデンシャルトレーナーさんは日本人は1人、


世界でも少ない・初級を教えられる方々は


日本にも複数おられる。)




と、言うことで体外離脱です。


ある夜、寝ていると、物凄いイビキの音で薄っすら目が覚めました。


眠いし、しばらく寝たまま耐えていましたが、イビキは止まりません。


とうとう、


うるさいなぁ!!!


いい加減にして!!!!とキレかけました。


が、そこでハッと思い出しました。


私は一人で寝ていたのです(笑)。



・・・・・・・。


・・・・・・・。



誰。



固まりました。



イビキはまだ続いています。



待て待て、何事も冷静に観察。ちゃんと観察すれば、解決の糸口は見えてくるもの。


・・・・・。



・・・・・。


あ、これ自分だわ(ドン引き~~~~)



不思議だなぁ~~~~!!!!なにこれ!?


珍しい思いで、ただ自分のイビキを聞いていました。


初めて聞きました。(ひどいもんだな汗)


と、なんて言うのでしょうか、「シュー」という、アイロンの蒸気みたいな音が


聞こえると、


手や足が、急に細かく高速振動?みたいになりました。


(無理やり例えてみると、肩こりに貼る低周波治療器をマックス細かく振動させると


似た質感かも・・それがもっと有機的で高速に、細かい振動がどんどん高まる感じ。)


おっ、おおおおおお~~~????


なにこれ!?怖い!!!


と、全てが止まりました(笑)


しばらく待ちましたが、もう何も起こりません。


どこかでがっかりしながらも、また寝ました。


(福祉従事者は基本身体が疲れているのだ(笑))



冷静になってみると、あれはもしや、モンローさんらの書かれていた


体外離脱の一種ではなかったのか?と思いました。


本で確認すると、体外離脱の前段階として


「身体の高速振動」「轟音」などが書かれています。


色んな人の言うことも読むと


そういうのが起こったら、丸太の様に横に転がれとか、


書いてありました。


う~~~ん。そもそもが、自分は体外離脱を望んでいるのだろうか????


あんまり望んでいない気はするけどなぁ~~~とも思いました。


だって、正直そりゃ私に霊能力はないけど、「見えない世界」に行くのは


秀逸なモンローさんチームが人類のために作ってくれたヘミシンクでさえもう充分だし


私の生活にはもう色々足りてます。ヘミする人の動機は色々あって、


亡くなった人に会いたいから、救出活動したいから、


宇宙の果てまで行きたいから(モンロー研究所、究極のコース・フォーカス42?)


とかあるのですが、一定数「体外離脱してみたいから」の方々も


もおられる様です。ただ、自分にはそういう欲求は希薄な気がしていました。


ただ、心当たりがあるとしたら、福祉の仕事があまりに日々人間リアル劇場なので


全体的なバランスを取るために、じゃあその一方ではいっちょ


ここで体外離脱でもしてみるか!とかは大雑把な


私の魂?が考えそうなことではありました  ←どんなバランス(笑)




また、ある時は寝入りばなに、何かが変!と思うと、


両脚が、ゆ~~~らゆ~~~~らと薄衣の様に宙に浮いて漂っています(笑)


慌てて目を開けて飛び起きると、脚は無事布団の中です。


とか、


寝入りバナにもの凄い高速で変化しながら、フルカラーの色んな場面が


鮮やかに変わって行く、(ほんとに超スピード変化・色はとてもきれい)


とかもありました。(いわゆるアストラル界?)


自分のイビキを聞いてただ耐えてることも時々またありました(笑)


が、自分の性格としては、結構大雑把でめんどくさがりなので、


実はあんまり種々気にしてはいませんでした。(世の中には


まあ、そんなこともあろうよくらい)


それがいいんだか悪いんだか、時々起きている時も手や脚の一部が


高速振動することもありましたが、その度の自分の反応としては、


好奇心観察が4割ありつつも、あとは


「もー、この地上でちゃんと生きんかい!根性なしめ!」と


自分に結構厳しめの気持ちにもなったのを覚えています ←謎の厳格(笑)



と、そういう細かいことが時々続いていた頃、とうとう「中身が抜けた!!」


ことが起こりました。これがまたもやヒーリングの後です。


(あのヒーラーさん、凄いなぁ・・・)


体外離脱プロの方からみたら(←どんなプロ)ほんと初心者の微笑ものだとは思いますが


ちょっと書いてみたいと思います。



その日は、ちょっとヒーリングの後はゆっくりしたくて、宿を取っていました。


(ヒーリング後の自分は、本来の自分のエネルギー状態に整えて


いただいているので、存在するだけでとても気持ちよく、


身体も心も広々とした心持ちで快い。)(ヒーリングカテゴリーにも少し書きました)


いつもはさっさとまた高速バスに乗って、3時間かけて田舎の家に帰るのですが、


その日はそんなバタバタしなくてもいいので、リラックスしていました。


ちょっと横になり、ウトウトしていると、突然、始まりました。


あれが・・・・汗。


シューというアイロンの蒸気の様な音がしたかと思うと、


また、身体の高速振動が始まりました。しかも今日は一部どころの


騒ぎではなく、全身です。ほんとに咄嗟のことだったのですが、


何故か「今だ!!!!丸太ん棒だ!!!」と思って(笑)


迅速に横に転がっている自分がいました ←狙っていたのか?(笑)


と、気付くと、ベッド脇のカーペットの上に、


転がっている自分に気付きました。


「失敗したのか・・・」と落胆しつつ、立ち上がろうと床に四つん這いになりました。


あれ?なんだ?身体が変。いつもと違うけど!?


重い???水の固まり????


何この身体の質感。あれ?・・・・おやああああああ!?


見ると、自分の身体がベッドに寝ています!!!


おっと~~~~!!自分!?これ自分!?


これは・・・


抜けた!?!?抜けたのか!?


あれ!?なんか・・・・部屋の様子が違うぞ!!!!


見ると、部屋が違います。なんと言ったらいいのか・・・


う~ん、実際にさっきあった具体的な部屋ではなく、


その部屋の設計図?の中にいる様な・・・。


めちゃめちゃシンプルな感じで、全体が青い様な・・・・



と、こっからどうしたらいいのか分かりません・・・汗


それにもしもここに今、誰かが現れたり、何かがいたりしたら?


と、ハッと思い付くと、自分のあまりの無防備さが、とたんに怖くなりました。


その瞬間、はっきりした意識を失いました。



気が付くと、朝になっていました。普通に人間として起きました(笑)


あ~~~良かった!!!無事だった!!!


凄い体験だったな~~~、初めて抜けたんだなぁ~~~


〇〇さんのヒーリングって、凄いんだな~~~~などと


考えながら、枕元の水に手を伸ばしました。


と、気付きました!!!!


手の周りが、薄く、コバルトブルーです。


へっ!?何これ???何かが、まだ続いてる!?


あっ、オーラか!?


びっくりして両手を見ました。めっちゃきれいなコバルトブルーで


両手が覆われていました。足やお腹、身体全体もです。


「何これ?すごいきれい~~~~~~」


いや、マジか~~~。これ、ずっと見ていたい!!


これ、いつまで続くの??


何か予感として、ちょとでも俗なことを考えるとこれは消えそうな気がしました。


が、もったいないけど


とてもお腹が空いていたので、モーニングを食べに行くことにしました(笑)


オーラは少しづつ色が薄くなり、すっかり見えなくなりました。



後々、色んな方のお話しや、本などから、私の体験はめっちゃ初歩的な


体験だったことが判りました。エーテル体レベル?


あと、どうも振動が起きてすぐに丸太ん棒の様に横に転がるのは


心臓に負担がかかるので、頭のてっぺんから抜けるのが


安全らしかったです(笑)また、ただの個人的な感覚ですが、


どうもこういうことは心身の浄化が前よりは進んだタイミングで


起こり易いのでは?という気もします。



以上、またもや突飛な経験ですが、書いてみました。


読んで下さった方おられましたら、


ありがとうございます!!


また書きますね。


とんびオレンジ

スペイン・サンチャゴ巡礼(カミーノ)②

こんにちは。無理のないペースで、と思いつつも


気が付くと、前の投稿からだいぶ日にちが経っています(-_-;)


今日は前回書いたスペイン・サンチャゴ巡礼
(巡礼者はカミーノ・道という)


の続き2、の巡礼初日のことと、胸打った体験を書きたいと思います。




当時は日本語では何の資料も、サポート機関も存在しない段階でしたが、


本当に親切な方々のおかげで出発点に辿り着けました。


なのに心が、巡礼に立つのを何故かぐずっていました(笑)


その前に生まれて初めてフランスの聖地のルルドに寄ったのですが、


なんとそこで1週間も過ごしてしまいました。(ルルドのことは


また書きます)





やっと思い立って、宿を出、スペイン・サンジャン・ピエド・ポーに


辿り着きました。小さな宿、兼、巡礼事務所がありました。


そこで巡礼手帳を発行してもらい、宿で情報収集に廻りました。


が、いるのは皆西洋の方々。話されているのも様々なヨーロッパの言葉。


日本人は一人もいない。それでも一生懸命、右も左も分からないので、


皆さんの会話に入り込んだり、受付の人の言葉を理解したりして


初めて分かってきたことがありました。


なんと、どうやら初日が、一カ月以上にも渡る


この巡礼の中で、一番過酷な日らしいのです(笑)


巡礼初日に死んだ人も、年間数人はいると・・・。


そんなことって・・・・・ある???汗


急に焦った私は、どういうことなのか、更に食いついて情報収集しました。


スペイン・サンチャゴ巡礼は、過酷ながらも素晴らしい道らしく、


リピーター参加も少なくないようで、そういう方にも話を聴けました。


つまりこういうことらしいです。780キロの過酷な巡礼路は


「ピレネーよりはマシ」(「Better than Pyrenees」)と。


は?どういうこと?汗 焦りました。


(その後の巡礼中、何度この言葉を聞いたことか!!合言葉かいな(笑))


そう言えば、この巡礼までを完全サポートして下さった女性も、


ピレネーが大変だったと言っていたような・・←人の話はちゃんと聞け


そもそも自分の中では、巡礼では、


きっとピレネーの「裾野」を歩くこともある、くらいかな~?の認識で、


軽いトレッキングのイメージを勝手にしていました。


巡礼のための靴やリュックを揃えたお店のお兄さんが、ご親切にも休みの日に


低い山歩きを何度かご一緒して下さり、低山を歩いたことは


ありますが・・・。


自分の生命の危機が目前に迫っていたことを急速に悟った私は、


本気でドミトリーの同室の、優しそうなドイツの中年のご夫婦に頼んでいました。


明日、お二人の後ろを一緒に歩かせていただけないか?と。


(なるべく感じ良く、内心は必死で。)ご迷惑はお掛けしないので、と。


そのご夫婦はほんとに優しそうな方々で、笑顔で快くOKを出して下さいました。


心底ほっとしました。


すると、それを聞いていた若いオーストラリアの女性も、


不安を持っていたのか、おずおずと頼んでいました。


「皆で登った方が安心だよね」と、それもOKをもらっていました。





翌朝、早朝に巡礼出発の荷作りをしました。


私の荷物は5キロ以内ですが、若いオーストラリア女性の荷物は


20キロくらい??デカく、重そうでした。ドイツ人夫妻も荷物を減らす様


言ってあげていましたが、若い彼女は頑固に断っていました。


さて、それでも長い巡礼路のスタートの朝です。テンションは上がりました。


見ると、ドイツ人ご夫妻(カールとアン)の装備は完璧な登山のそれで


両手に杖まであり、一方私は・・・・・


登山靴とリュックは一応、専門店で揃えた良い物でしたが、


(お店のお兄さんには平地を歩くと言っていたアホ・・・)


雨具は・・・・100均のポンチョ!!!杖も無し!!!


内心焦りまくっていましたが、もう今更どうしようもありません・・・。


アメリカ人青年も合流し、皆笑顔で出発しました。


が、スタートしてしばらくすると、皆が無口になりました。


まだただの山道なのに、勾配がきつい・・・。なにこれ・・・。


直前まで福祉の現場で疲労蓄積してての


一週間ルルドでのらくらしていた身にはあり得ないきつさ。


既に帰ろうかとか引き返す勇気という言葉が何度も頭をよぎりました。


オーストラリア娘を振り返ると、彼女も同じ気持ちだったのか、


黙り込んで青くなって登っています。アメリカ青年も他巡礼者達も皆青ざめていました。


ぽつぽつと雨まで降ってきました・・・。


もうひたすら黙々と、カールとアン夫妻から「絶対にはぐれない様に」


ただそれだけを思って生存確保事態で、必死で歩き続けました。


正直怠け者の自分の人生に突然現れた、人生初の肉体的苦難に


心底ドン引きで、すっかりおののいて必死でした。


(ルルドであんなに出発をぐずっていたのは、もしかしたら


これを予感していたのかもと薄っすら思いました(笑))


カールは、素晴らしいリーダーシップを発揮してくれて、皆を気遣い


いつも励ましてくれていました。私は「止まったら死ぬ、止まったら死ぬ」と


心の中で繰り返し(笑)青くなりつつずっと黙々と歩いていました。





気付くと結構見晴らしのよい所に


自分がいるのに気付きました。遠くの山々の山脈が見えます。


身体の今の絶賛限界中!と比べて、なんちゅう爽やかな景色。


びっくりです。


しばらく皆見とれて、笑顔も出ましたが、また歩き続けました。





が、途中、物凄い横なぐりの雨風に襲われ、皆が歩けなくなりました。


皆大きな岩場の陰に隠れて時間を過ごし、必死で待ちましたが、雨よりも


意図せず来た休憩時間に、自分のこの足が再び歩き出せるのか不安になりました。





と、あのオーストラリア娘がなんと泣き始めました。


泣きじゃくりながら、「もう無理!!もう嫌!!!もう帰る!!!」


と言い出したのです。皆びっくりしました。


だから皆、あの20キロ越えの大きな荷物を減らせと言ったのに・・・。


自信満々で断ったのは彼女。でもいくら若くても、あれは無理でしょう。


でもこっから彼女一人で帰るのも、だいぶ危険な気もしました。


皆戸惑っていると、


カールとアンが突風の中、彼女の元へ移動し、話をしていました。


どうやらなだめて、落ち着かせている様です。優し過ぎる!!!


カールはドイツの男性にしては、割と小柄な方だと思いますが、





帰って来たカールを見ると、


なんと!!!彼の小さなリュックをお腹側に、


彼女の巨大な荷物を背中に背負っているではありませんか!!!!


オーストラリア娘を振り返ると、涙で腫れた顔がとてもバツが悪そうに、


でもほんとに限界そうな様子でした。彼女は手ぶらで、しばらく


皆と離れて登っていました。


カールとアン・・・彼らの行動には、ほんとにびっくりしました。





と、正直その辺からあまり記憶が飛んでて覚えていないのですが、


気付くと私たちは両手両足を使って、急勾配の山を


皆、四つん這いで山を登っていました。


文字通り四つん這いです。下手すると、急勾配から転げ落ちそうでした。


通りすがりの巡礼者が


「ここで年間、数人は転げ落ちて死んでるらしいよ!!」と


今誰でも予想がつく情報をくれました(笑)


頭の中に「日本のアホ女が軽装備でピレネーを登って遭難、国の恥」という


新聞記事が何度も思い浮かんでいました・・。


この焦りと、もはやただただ生存のため、必死で四つん這いで


登っていました。「止まったら死ぬ、止まったら死ぬ」


もう自分の身体の限界は既にとっくに越えてて


自分史上の未体験ゾーンに入っていました(笑)





と、カールに追いつきました。重い荷物を二つも抱え、


急勾配の岩場を四つん這いで登る、


正直、決して大きくはないカールの身体も、もうだいぶ青息吐息に感じました。


一瞬手伝おうかと言いかけましたが、いや、今の自分には1ミリも


そんな余力はない、逆にそんなことしたら間違いなく自分もすぐ落ちて死ぬか


もう一歩も歩けなくなる、それに話し掛けるエネルギーさえない、そう思いつつも


「だ、大丈夫?それ20キロ越えてない??


カール、大丈夫?」と絞り出すように話し掛けると、カールはハアハア言いながらも


荷物をポンポンっと叩くと、


「全然大丈夫だよ!!!


僕はただ、ここに”可愛いベイビー”を抱っこしてるだけ!!」


と言ってスカッと笑いました。


時が止まりました。





今ここで、こんな爽やかなものを目にするとは!!!!


夢にも思っていませんでした。


自分史上マックス身体辛い限界点で、そんな最高点な、人の言動を見るとは!!!!


人間って、凄い。


カールったら!!!!


かっこ良すぎるだろ!!!!!





状況と心の高揚が重なって、もはやカオスに混乱しつつ、


気付くと道は下り坂になっていました。天国とはこのこと!??


オ―ストラリア娘も、自分の荷物を担ぎました。


あとは、あまり覚えていませんが、豊かな森を越え、


泉もあり、皆笑顔も出て、ふもとのドミトリーに到着しました。


巡礼初日にして既に、皆と心の繋がりを感じました。





そして、巡礼後に知って心打たれたのですが、


カールはガンの手術を終え、この巡礼に臨んでいた、とのことでした。


そんなこと、巡礼中、一言も彼らは言わなかったです。


いつもただ、明るかった。皆に優しかった。



長くなりました。


読んで下さった方おられましたら、


ありがとうございました。


また書きますね。


とんびオレンジ

古代木工職人達の笑顔

こんにちは。


今日は、自分の中で、「見えない世界」と「見える世界」が


リンクした、個人的なストーリーを書こうと思います。


夜見た夢、ヒーリング、現実世界が、流れる様に自分の中でリンクしたお話です。



ある日、夢を見ました。夢の中の自分は、少年?でした。


時代は、古代日本って感じ。服装や雰囲気から。


自分は販売ブース?の様なところにいました。


それが食べ物ではなく、木工品なんです。


場面は大変明るく、空気は澄んでいて穏やか、時間も緩やかに流れている。


雰囲気から、とんでもなく世界の豊かさを感じ、そこにいるのが心地よかった。


そこは工房?らしく、周りには木工職人?らしき男性達が、ゆったりした感じで


動いており、仲間達が笑ったりなごやかながらも、連帯感と温かみを感じ、


どこかが大変懐かしかったです。


と、おばさんが来ました。


一つの小さな木彫りのペンダントヘッド?を手に取ると、


これは何が彫ってあるのか?とこの私に尋ねるのです。


私は戸惑いました。分からないのです。夢を見ている私も戸惑いました。


困っている私を見かねて、一人のお兄さんが来ました。


とても丁寧におばさんに説明していました。


「これは〇〇(神的な存在の象徴?)です。」


(夢を見ている自分は「今で言う大日如来的なものかな???」


と思いました。)


おばさんは説明を聞いて、それを一つ大事そうに持って帰りました。


ほっとしていると、そのお兄さんが明るいながらも、呆れた様子で言いました。


「おいおい、〇〇の息子がこんなことも分からないのかぁ~~~??」


少年の自分は赤くなると、戸惑ってその場にいる仲間達を改めて見ました。


すると、どうも彼らはかなりの腕を持った木工職人達で、


その少年は、そこの英知ありそうな棟梁的な人の息子だと判り、大変恥ずかしかったです。


これが夢で見た光景です。


そしてそのまま高速バスで3時間かけて、予約していた


いつものフラワーエッセンスとヒーリングセッションを受けました。


(自分が大リーグと思っている先生の元で、長期のスクールをご卒業された方の所に


当時遠くても一カ月に一回位通っていました。)


セラピストにその夢の話をしているうちに思い出しました。


私は幼稚園の頃、将来なりたい自分、という題で、何故か


木彫りの彫刻をする人、の(つもり)の絵を描いていました。


(その下手な絵が、幼稚園の自分の個人卒園アルバムの表紙になりました。)


(そう言えば、フランス聖地のルルドでも、い並ぶたくさんのお土産物屋さんでは、ただ繊細な木彫りの小さな人形を4つ買っただけでした。)


それから今月摂る花のエッセンスを選び、ヒーリングを受け、


そしてまた高速バスで3時間かけて、田舎の家に帰りました。


(ヒーリング後は、いつも心底リラックスし、全身がクリアーになり、


いわば「存在しているだけで快い」状態なので、高速バスも全く苦にならない)


元気に家に到着して居間に入った時、テレビで地方ニュースをやっていました。


するとまだカバンを持ったままの私に、


いきなりテレビのアナウンサーの声が。


私が今住んでいる地域の、遺跡発掘地帯が、


今まで思われていた様な、古代の農耕地帯ではなかった、


実は『神への祭祀に使う木工品を作る、高度な技術を持った


職人村だったことが判明しました。』と。


その同じ言葉が、テロップでも映し出されました。


え?


何か時が止まる感覚がありました。


あの夢の答え合わせ?どこか魔法の瞬間のように感じました。


(ヒーリング後って、結構こういう流れがあります)


そしてそれだけではなく、立て続けにその週、


テレビでたまたまあるドキュメンタリーを観ました。


それが、何故か私のこの地域の古墳から出た木工品を、


3人のれっきとした木工の人間国宝さん達が


完璧に再現できるか?という、「挑戦ドキュメンタリー」だったのです。


は!?何その挑戦・・・・


しかも今このタイミングで!?と思いました(笑)


なんと場所も、自分の家から歩いて「3分くらいの所に」


その3人の人間国宝さん達は、来られていた様です!!(笑)


こんなことってある・・・・???と、ぼーぜんと思いました。


またヒーリング後の魔法だ・・・


ドキュメンタリーを見ていると、古墳から出て来た木工品は


樹の年輪がとても均等で美しく、


近代の乱れた気候変動による年輪の幅ではあり得ない、とのことでした。


古代の当時の気候が、いかに長い年月の間、安定しており


豊かだったか察せられるとのこと。


ドキュメンタリーのお題に挑戦するに当たり、


3人の木工の人間国宝の方々は、古墳の出土品を見学してみて、


特に問題なく出来るだろう、といった感じでした。


が、お一人が、ご自分も再現のための木工を始めてみてほどなく


困難を感じられ、勢い余ったご様子?で、なんと


ご自分の親指を切ってしまわれたのです。


(人間国宝の方の親指は、とんでもない大切なものだと思います)


その方はもちろん動揺された様子で、すぐ撮影班に


今日は帰ってくれ!と言われていました。


見ている私もショックでハラハラし、胸がぎゅ~っと縮まりました。


しばらく後の撮影では、その方が、


古代の作品を再現するのには特に重要なカーブを再現するのに、


ご自分のお持ちのいつもの小刀等では無理なのだ、と、


程なくして冷静に悟られた、とのこと。


でも、その方はそこで再現を諦められず、色々と考えを巡らせられ、


ご自身のお父様の古い写真の中にヒントを見つけられました。


お父様が使われていた、ちょっと変わった形の小刀なら、いけるのではないかと。


そこで馴染みの職人さんにそれを特注され、出来上がった小刀を


苦労されながら何度も手に馴染ませられ、また挑戦されていました。


諦めないそのお姿に、心底感動しました。


そして、結果、古代の木工品と同じ作品を作られました。


一番感動的だったのは、


この試みをやってみてのご感想を訊かれた時です。


その方は、


最初は、どこかで、簡単だろうと思っていた。が、やってみたら大変に難しかった、


と、何かこみ上げるものがおありだったのか、


言葉を詰まらせられると、


(古代の人々には)ほんとうに、色んなことを、学ばせていただきました、


と、涙を拭かれたのです。


そのお姿を見たとき、何故か自分も、急に深い所からじ~~~~~~~~んと


した色々な想いが押し寄せて来、涙が出ていました。


大変勝手な、ただの個人的なファンタジーなんですが、


夢で見た木工職人の仲間達の、それぞれの自信に満ちた明るい満面の笑みが


次々と浮かびました。とても深い想いに浸る間に


どんどん、ぱああああ~~~と視界も晴れ晴れしました。


勝手ながら、夢で見た彼らと強い連帯感を感じ、心底明るい気持ちになりました。


ああ、素晴らしいな。希望だ。


私の中で、時空を超えて、人と人とが繋がった。


「見えない世界」と「見える世界」のリンクだ。


なんて素晴らしいんだろう、これだよ


「見えない世界」と「見える世界」の醍醐味。


大変個人的にですが、そう感じました。素晴らしいこの番組に、深く感謝しました。


しかも、驚いたことはまだありました。


なんと、家から歩いて3分くらいの所で、その3人の木工の人間国宝の方々の


古代の木工作品を再現した現物を、1週間限定だけども、展示する、


つまり私も「この目で見ることが出来る」というのです!!!


また家から歩いて3分の所で、です。


あり得ない・・どこまでこのサービス続くんだ


と思いました(笑)もちろん、速攻行きました。


寂れた町の小さな展示にしても、


私にとっては、大変心に沁みるものでした。


そこには、古代日本の職人が作った木工品と、


現代日本の人間国宝の方が、模倣の挑戦で作られた作品とが並んでありました。


それをナマで見れること自体、奇跡の様に感じました。


古代の作品は、出土品だし、流石に木は古かったですが、


全体が、どこか大変に繊細な印象を受けました。


その作品のエネルギーから、当時の方々が一体どんな世界に生きていたのか


自分なりに推測もしました。


作品は特に、カーブの繊細かつシンプルな美しさが感動的でした。


これを木工で出すって?一体どんな高い技術だったんだろう・・・。


人間国宝の方の作品は、これぞ人間の総合力が作り上げた作品という感じで、


また感動しました。ドキュメンタリーを見ていただけに、一層感慨深かったです。


二つの作品が並んでいる様は、いつまでも見飽きることがありませんでした。


あれ?もしかして、だからこの町に住んでいるのかな??


事象世界への理解の機会を敷いてくれた何者かに、


また深く感謝しました。




長くなりました。以上です。

読んで下さった方、おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ

夢(睡眠中の)

こんにちは。


皆さんは、夜見た「夢」を覚えていますか?


見たのは覚えてるけど、内容は忘れる・・・そもそも夢なんて意味もないし・・・


という方も多いと思います。


個人的には、たとえ現代社会を生きてるにしても、


夢を含め、多少でも自分の「見えない世界」をそんな排撃せず、


生活の中にゆる~~く共存させておくことを自分に許した方が、


実は却って、本来の、統合的な自身の健全さを保てるというか、


少なくとも無気力や燃え尽き・人生の無意味感などを持つ状態には


ならないんじゃないかな~?とも感じています。何事もバランスというか・・・。


実際、ご自分の好きなミュージシャンや絵、


文芸、映画などを描く方々の各種作品世界に


自分もちょっと浸りつつ、


実はそこに重なっている、自分の中の「見えない世界」とも


同時に触れていることで、


無意識に自分の「リフレッシュ」を堂々と図っている方も多いのでは?とも感じます。


(それなら社会にも許容されるやり方だろう?と思ってるというか)


感動やイメージの世界に浸るって楽しいですよね。



夢の場合は、そういう表現力が卓越している社会のクリエーターに頼らず、


直接自分ダイレクトに、自分に内在する「見えない世界」と


触れ合える、有効で有機的な手段の一つな気がします。



あと、夜見る夢はいつも鮮やかなフルカラーという方、いやいや白黒だろという方、


その時によって違う方、色々いると思います。


あと効果音があるとか無いとかも面白いですよね。




何故か私はある時期からずっと夢日記をつけています。


なんで?と言われても自分でもよく分からないのですが、


「朝起きた時に覚えているから」としか言いようがありません。


全く書かない時期もありますが続いていて、それが今ノート6冊くらいあります。


よくもまあこんなに書いたなーと思いますが、今読み返してみて


下らないなと思ったり、面白いなと思ったり。


よく「夢分析」とか言いますが、皆さんはそれをどう思われますか?


色んな先生のお話しを聞くと、どうも夢はいたずらにつつき廻さず、


そのまま雰囲気丸ごと「味わう」だけのがいいみたいですね。



先日心理療法の話で書いた通り、担当の女性の先生のご専門が「夢」だそうで、


2週間の間に見た夢日記を、先生にメールで送って、


ただ私がそれを読み上げ、先生が「それは何歳くらいの人ですか?」


とか、「その男の人はさっきの人と同じ人ですか?」など軽く質問されて


2人で再度その夢をゆっくり味わい直す感じです。


ほのぼのした印象ですね、とか、明るいですね、くらいは言われますが、


このディテールはだからどうのとか、きっとこれは〇〇のシンボルで、


などの浅っさい分析ぽいことは全然言われません(笑)


でもこの共同作業をコツコツすることは結構楽しく、


自分の知らない、自分が実は内包している広大な世界に「意識的に」


触れ合うことが出来るような印象です。



自分で今読んでみると、夢日記は


とりとめもない内容で、読んでてもなんのこっちゃの連続なのですが、


時々面白い発見や共通項も見つけます。


私の場合は時々


〇 何かのスクールに行っている


小学校とかの「思い出」ではなく、今の自分の段階でスクールに行っています。


そこには知った顔や知った先生もいますし、知らない人たちもいますが、


知らない人たちにも妙に親しみを感じる、もしくはあっちが親し気にしてくる


印象です。大学の様な、階段式の講義室が結構多いです。


〇 海の上で暮らしている


なんか、海の上で船で人々と共同生活をしています。よく皆でご飯を食べています。


そして恐るべきことにこの夢は、


『本当の小学4年生の頃の、冬休みの日記にも出て来ていました!!!』汗。


〇 昔付き合っていた男性が出て来る


最近はめっきりないですが、昔はよく出て来ました。


最後の方は夢の中で「また〇〇君かいな~」と自分で呆れており


するとさっと場面が変わります(笑)


〇 飼ってる猫が棚にいたり、うろうろする。


おいおいと場面から抱いて救出するなどあります。


〇 いつもの馴染みの街や町が何パターンかある。(実際には行ったことない所)


知っている「旅人」として馴染みの街を歩く感じの方が多く、時には生活者だったり。


〇 成熟した人


時々、人間的にとても成熟した人(会ったことない)が出て来て、


アドバイス?をくれます。


例えば、2021.2.17の夢日記には、


「地球上で最も強力な刃が、この真我の刃である」と、男の人に言われる。


など。(かっこ良すぎるだろ(笑))


〇 皆で雑魚寝をしている


今までの人生で出会った人たちが同じ部屋で眠っていることがあります。


ひどい時には聖者も寝てて、なんか申し訳ない感じです汗。


〇 当時全く関心も興味もないのに夢に出て来た人々に、


数年後の現実世界で会ってたり、関わってたりする。


たとえば、インディアン(ネイティブアメリカン?)の人については


昔あまり関心がなかったのに、古い夢日記を読み返してみると、


ちょこちょこテントが出てきてたり、地味にインディアンの男性が出演しており、


実際ここ7年くらいの現実世界でも、関係者の方々と交流があったりします。


〇 とにかく20人位の人が出て来て、ワイガヤが多い。


まるで夢の世界でも別の生活があるよう・・・。


と、共通項があります。皆さんはどんな夢が多いでしょうか。



ただ、ほんとに稀ですが、そういうワイガヤとは全く雰囲気が違う


違うランク?の夢の時があります。


(いわゆる何でもありのアストラル界ではない感じ・・・)


珍しいので、書いてみますね。(他人の夢なんて興味ね~~って方は


ぜひ飛ばして下さいね~~)


2009.10.29


男の子と二人で地図を描いている。正直言って、ここの雰囲気それだけで


病人さえも癒してしまいそうな神聖さのレベルを感じつつ描いている。


描きながら男の子に「(この地図の)他の所には何があると思う?」など


訊かれて答えたりしている。(夢日記には、地図が描いてある)


ここの通りを曲がった所の名が〇〇〇(覚えていない)と言い


古代エジプトの神殿みたいでもあり、もっと違う世界の様でもある。


△△先生がそこを維持している。地図のこのエリアが一番神聖さを感じる。


~~~(覚えていない)と、はっきりそこの名前を言う。男の子は正解を知ってるぽい。


地図を描きながら


「神さまに訊いてみたの。私がこれ(地図を描く)をする意味は何ですか?


って。地図を描くことに興味がある訳でもない私が。」


自分が話し掛けている男の子は、若く優しい外国人?の子。


彼がティッシュ?を口に入れて私が笑ったりする。


この地図はこの上の方が中心センターぽい古代の街で、そこはキモがない。


この辺は神聖な神殿、などと説明している時、男の子はまるで別の


賢い大人の男性みたいだった。


同時に、暗くうらぶれた小屋の中にテレビが付いていて、


どこかとぼけた、家政婦は見た!みたいな「サスペンス劇場」をやっていた(笑)
(テーマ音楽付き)


←もしかして、今の私の人生をおちょくってる??


地図を描き終わり、そこを出て、長くて細い植物をしならせつつ


歩いて帰る。


帰りながら神さまに


「理由をすぐ知りたがる癖を、少しづつ手放しなさい。」と言われる。


「時が経てば、やる理由が分かって来るのだという信頼を。」と。


こんなこと言われた~~と、あの男の子にメールしよ!と思う。






以上、とりとめのない夢の話でした~~~~。


読んで下さって、ありがとうございます。


また書きますね。



とんびオレンジ

心理療法

こんにちは。


皆さんは「心理療法」ってご存じですか?


アメリカなどでは皆が心のメンテナンスに自分のセラピストを持ってても普通


らしいですが、日本ではまだまだ馴染みがなく、


特に田舎では、心理療法に行ってるなんて言おうものなら


すごく気を遣われ、その怯えた表情から


「可哀そうに。この子どこか頭に問題があるのね・・・」


等と、ドン引きされてるのが伝わってくるという悲しめのリアクションも


ほぼ受けますね(笑)



今日はそのテーマでの自分のドタバタを書いてみようと思います。


スペイン・780キロ徒歩サンチャゴ巡礼をコンプリートするちょっと前に、


両手を叩いて、「凄い方見つけたぞ!!」となった女性の先生が


日本におられました。それからリスペクトして今でも時々学んでいる、


私から見たら、見えない世界分野の大リーグ規模な先生なのですが、


その方がいつも、こういう世界を前に進むには「心理療法が必須」といつも


言われたり書いたりされています。


実際その先生のスクールの専門課程では、


定期的に心理療法を受け、それに関するレポート提出も


卒業単位取得には義務付けられているそうです。


実際、正直「危うい」状態でいるのに自分は「スピリチュアル」だから


現実面でのあれこれの免除を言い張る人にも会ったことがあります(笑)


そういう分野の先生が、卒業にはシビアな枠を設けるのは相当賢いし、


当然の気もしました。


度々、誰でも障害にもなりがちなのは、


普段自分ではまったく意識できていない、


成長過程で自我面に抱えたその人固有の


歪みや、無意識ないつもの癖、隠された望みやプライドや劣等感


その人の成長の現実的な今の段階、人格面の未熟さなどでは。


それらが、定期的なプロとの心理療法によって


ちゃんと意識上に浮かび上がってくる


ってことかなと思いました。意識に上がればもうこっちのもので、


自分でもそこにフラグ立てて掃除しやすくなる、ってことかな。


一人でずっと同じところで頭グルグルしたり、うんうん言ってたり、


徒労の多いだけのやり方を何故か死守していたりなどする時にも


総合的な広く、芸術的でもある視野を持ったプロに伴走してもらうことで、


急に全く違う方向から球が飛んでくるように、自分で「はっ」と


色々気付けたりするのでは。コツコツやってれば、


自身の存在の仕方もよりクリアーに軽くなり、自動的に


見えない世界側での自分の総合精度も上がり、話も人生全体もシンプルになる、


ってことかなと大雑把には感じました。


機能的な話ばかりではなく、結局は肉体と心をもった有機的な存在である人間。


福祉で日々色んな人と向き合わないといけない現場スタッフの


自己メンテナンスとしてもだいぶ有効そうにも思えました。


と、言う訳で、「行こう!」と思いました。


が、どこに行ったらいいのか分かりません(笑)



日本には河合隼雄さんという、誇るべき臨床心理学の巨人が存在されたことは


知っていました。大家なので、図書館で本もなんぼでもあって読めますし、


書かれる文章も、いつもとても分かり易くて読み易い。


「臨床」っていうのがいいなぁ~


そこで以前「パラレルワールド」の話で書いた、


文芸枠の友だちに何気に、故・河合隼雄さん関係の


どこに自分は行ったらいいのか尋ねてみました。


「う~ん、〇〇さんは。河合隼雄さんに近いのでは。」と。


その方、以前フラワーエッセンスの先生が推薦していた本を


書かれた方だ。(あの先生、河合隼雄さんフリークでもあったな・・・)


そして友だちは言いました。


「私はご本人にはお会いしたことはないけれど、


〇〇さんの元旦那様は、以前うち(の診療所)で働かれてたけど?」


と言いました。(←この女恐るべし)


「(この県にはいないけど)確か今は、〇〇(隣の県)大学に


おられるんじゃないかな~~」


「えっ!?そんな近くに???」


調べてみると、確かにその方が所長をしているところが


国立大学内にありました。しかもHPによると、


一回2千円!?専門家がされるので、もっと高いと思っていました。


(都会の友だちが受けている個人の心理療法家の先生は


一流の先生とは言え、料金はその10倍くらいと聞きました汗)


早速電話しました。


すると、すんなり受付して下さり、


しかもプロの先生ではなく、学び中の大学院生に受ける場合、


料金は半額の1000円になるとも!びっくりしました。


1000円には心が揺れました(笑)


若い方の新鮮な感性で自分の人生の話を聴いていただくのも


思わぬ発見がありそうだなとは実際思いましたが、


プロの仕事を見てみたいという好奇心もあり、そうお願いしました。


受付の方に、動機や意図、ざっとした経歴、


セラピストの男女の希望などを聞かれてから、


会議で貴方の担当を決めるので、一週間ほど待って下さい、


と言われました。ワクワクして待ちました。


約1週間後、連絡があり、私の担当はTさんという女性になりました、


とのこと。一回お見合いをしてみて、この人で良いです、ということだったら


そこから心理療法開始となるし、相性が悪そうだったら代えることも出来


る、とのことでした。


後でその方の名前をHPで探しましたが、当時はまだTさんというお名前が


載っていず、?まいっかと思いました。


当日は運転して隣の県へ向かい、国立大学に行きました。


初めて会うTさんという方は、髪はショートカットで落ち着いたナチュラル系


のスカートをはかれた感じの良い方でした。自分より年下かな?と思いました。


いただいた名刺を見ると、この大学の准教授!?ひょえ~~~~


そんな偉い方が、こんな変人の担当に付かれるとは汗。



しかもご専門は夜見る「夢」とのこと!!尊敬するスクールの先生も


自分が日々夜見る「夢」に取り組むことは、かなり有効と言われています。


当時既に何冊も、朝起きてすぐ夢日記を付けていましたし、


これはもしかして、ラッキーなのでは?と感じました。


と、その先生ご自身の場所と思われる個室の壁に


聖フランチェスコの絵が掛かっているのが目に入りました。


聖フランチェスコは中学の時にテレビの洋画劇場でたまたま


「ブラザーサン・シスター・ムーン」というイタリアの映画を観て


中学生ながら雷みたいな衝撃を受けた聖者です。


衝撃を受けすぎて、新聞のテレビ欄を切り取り、大事に持っていました。


小鳥とも話せた方とか。


その絵を見つけて、ちょっとご縁があるのかも?と勝手に思いましたし、


特に何も問題は感じませんでしたので、この先生で決定となりました。


話題として、何でこんなに料金が安いのか先生に尋ねると、


国立大学としての地域社会への貢献の一環とのことでした。なるほど~~。


調べてみると、全国の国立・公立・私立大学の心理学部などにも


こういう機関は結構、種々併設されていました。料金は様々でしたが、


(ここは2千円でしたが)どこでも上限でも4・5千円はしないのでは。


そういう有益情報ってあまり知られてない気がしました。


私もそうでしたし、プロの心理療法をそんな安くて受けられることなんて


世の中のほとんどの人が全く知らずに


一人で色々と苦しんでいることも多いんじゃないかな~


もったいないなぁ~と感じました。種々の心理テストも希望すると受けられます。


希望すれば日本独自の箱庭療法も初めて経験しました。面白かった!


そこから、2週間ごとに心理療法を受けてもう5年目です。


実感としては色んな面で、面白いし、めちゃめちゃ有効です。


その時間自体もとても豊かですし安定的。


客観的に見ておかしいところにも自分ですぐ気付けて、


そこから一人でやってる時より早く自由になれる。


自分の全体像を、自分より深く専門性をもって理解してくれる存在に


気軽にアクセスできるのは、かなり助かります。


個人的にはとても有機的で豊かなプロセスに感じます。


今はコロナを経て、オンラインでも受けさせて下さっています。


(隣の県とは言え、流石にこれはありがたすぎる)



以上、今日はここまでにします。


読んで下さった方おられましたら、ありがとうございます。


また書きますね。


とんびオレンジ